海外文学読書録

書評と感想

鈴木清順『肉体の門』(1964/日)

★★★

終戦直後の闇市。戦争で兄を亡くしたマヤ(野川由美子)が、小政のおせん(河西都子)率いる売春グループに入る。このグループには「ただで男と寝ない」という掟があり、破ると厳しい制裁が下されるのだった。グループは廃ビルの地下を寝ぐらにしている。ある日、おせんが復員兵の新太郎(宍戸錠)を助けた。新太郎は進駐軍の兵士をナイフで刺したのだという。

原作は田村泰次郎の同名小説【Amazon】。

「生」の生々しさに焦点を当てた映画だが、この題材なら今村昌平のほうが一枚上手だろう。『豚と軍艦』『にっぽん昆虫記』『「エロ事師たち」より 人類学入門 』とどれも一級品なので。人間の本能は色気と食い気だと息巻いているものの、売春グループの女たちには全然色気がないし、牛を解体するシーンもカット割りで誤魔化していてパンチに欠ける。良くも悪くも女たちが芋っぽいところが特徴で、こういう女たちでも需要があるところが男の哀しさなのだろう。女は女性器さえついていればいい。外見の美しさは一切問わない。グループの中で唯一の美人が町子(富永美沙子)だが、彼女は美人ゆえにグループ内で傍流である。本作はまんこパワーの社会的強さをこれでもかと描いていて、並の男では敵わないたくましさが感じられる。

売春グループの前に現れたのが復員兵の新太郎だ。彼は肉体的にも精神的にもマッチョな強者男性である。その鍛え上げられた肉体はマーロン・ブランドを彷彿とさせるし、独特の家父長的な価値観も戦前の日本人男性を思わせる。彼はそこらの去勢された男性と違ってすこぶる暴力的だ。女を容赦なく平手打ちにしているし、進駐軍の兵士をナイフで刺して半殺しにしている。挙げ句の果てには強盗を繰り返していた。売春グループは「ただで男と寝ない」を掟にしていたが、新太郎の男ぶりにコロリと参ってしまう。グループを崩壊させてしまう。そういう意味で新太郎はサークルクラッシャーだった。彼が醸し出す男の色気は半端ない。芋っぽい女たちとは対照的である。宍戸錠がこんな役を演じていたとは意外だった。

売春グループが「ただで男と寝ない」を掟にしているのが面白い。しかも、それを破ったら裸にして吊るして鞭で打っているのである。制裁にしてはやり過ぎだろう。なぜここまで厳しい掟を課しているのかと言えば、金を取らないセックスは恋愛だからである。売春グループが団結するには恋愛禁止が絶対条件だった。汚れた商売に従事する者はみな等しく汚れていなければならない。これは現代の女性アイドルグループも同様で、彼女たちは処女性を担保するために恋愛を禁じられている。清らかな商売に従事する者はみな等しく清らかでいなければならない。男を愛することが罪になるという意味では、売春グループも女性アイドルグループも変わらなかった。恋愛禁止はまんこパワーを最大限に発揮させるための生存戦略なのである。ここに女性が宿命的に持つ力のメカニズムが見て取れる。

本作は鈴木清順にしては演出がベタだったような気がするが、これは他の映画で慣らされたせいかもしれない。原色の服に合わせた背景の演出やベッドシーンの前の速射砲のショットはいかにもだった。あと、新太郎が撃たれて橋から落ちるシーンは段取りに手間取っていて思わず笑ってしまった。おそらくスタントマンを使わず本人が演じていたのだろう。おおらかな時代のおおらかな映画という風情である。