海外文学読書録

書評と感想

トッド・フィールド『TAR/ター』(2022/米)

★★★★

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で初の女性首席指揮者となったリディア・ター(ケイト・ブランシェット)はキャリアの絶頂期にあった。彼女はジュリアード音楽院で授業を受け持ち、マーラーの全交響曲の録音も達成しようとしている。私生活ではレズビアンであり、女性パートナーと幼い養女の3人で生活していた。ところが、そんな彼女の人生に暗雲が立ち込める。

インディペンデント映画みたいなことをメジャーでやっているところが面白かった。省略が多くて何が起こっているのか分かりづらい語り口なのに、それでもすらすら見せてしまう。映像はハリウッド映画らしく一級品。そして、何よりもすごいのがケイト・ブランシェットの演技だった。こういう分かりづらい映画を最後まで見たのも彼女の演技に惹かれたからで、俳優のパワーはすごいものだと感心する。トッド・フィールドが彼女を当て込んで脚本を書いたのも納得できる。そして、メジャーと一線を画す語り口も評価すべきだろう。こういうのを現代でもやるのかと思った。

本作はTSものに近い逆転があって、リディアは見た目だけ女性で社会的役割は男性である。男性を女性に置き換えた役柄と言えば分かりやすいだろうか。字幕版だとリディアの口調は男口調である。他の女性は女口調なので、この書き分けは意図的だろう。また、劇中でリディアは一度もスカートを穿いてない。すべてズボンある。さらに、リディアはレズビアンという設定でパートナーは女性だ。幼い養女はリディアのことをパパと呼んでいる。リディアが教え子の女性に性的関係を迫ったところも男性っぽいし、学生や楽団員を前にした立ち居振る舞いも男性っぽい。これについては当初、女性も男性の世界に入ると男性化するものだと解釈していた。たとえば政治の世界のように。ところが、見ていくうちにどうも勝手が違うなと感じてくる。これは女性に男性を演じさせているのではないか、と。見ていくうちにジュリアの声が男性のものに聞こえるし、ジュリアの姿も男性のものに見える。ともあれ、TSもののようにジェンダーバイアスを突き破ったところが本作の魅力であることに間違いない。

ジュリアは教え子に性的関係を迫ったが断られた。その後、各方面にメールを送って教え子の就職を妨害している。そういったハラスメントを行う一方、仕事に対しては妙に誠実なところがある。たとえば、リディアは弟子のフランチェスカを秘書として重用していた。副指揮者を追放した際、当然フランチェスカ(ノエミ・メルラン)を後釜に据えるのかと思いきや、別の人物を任命している。また、チェロのソリストも当然パートリーダーが担当すべきところ、オーディションによって外部から新人(フィー・カウアー)をねじ込んでいる。リディアは極めて公平な実力主義者だった。権力者なのに情実人事をしないところは褒めるべきだが、一方で人情の機微を弁えていないのも事実だ。しかし、そういうある意味で潔癖な人物像が興味深いのだ。人間は善悪で割り切れるものではなく、一人の中に美徳と悪徳が同居している。下層から上り詰めた権力者は案外こんな感じなのかもしれない。

本作は社会の上流を描いた映画としてもよく出来ていて、こういうのは実際にその世界を見ないと構築できないのではないかと思う。これで思い出したのが、Twitterで見た北野武の逸話だった。彼は映画の授業の際、学生に映画の撮り方を教えず、高級レストランやバーに連れて行くのだという。そこで人物の立ち居振る舞いを見せるらしいのだ*1。知らない世界のことをリアルに表現することはできない。本作はトッド・フィールドというハリウッドの業界人だからこそ撮れた映画だろう。授業の風景やインタビューのやりとりなんてもっともらしいではないか。そういう部分も評価できる。