海外文学読書録

書評と感想

バーラ・ハルポヴァー、ヴィート・クルサーク『SNS-少女たちの10日間-』(2020/チェコ)

SNS-少女たちの10日間-(字幕版)

★★★

ドキュメンタリー。オーディションで選ばれた幼い顔立ちの女優3人(テレザ・チェジュカー、アネジュカ・ピタルトヴァー、サビナ・ドロウハー)が、12歳という設定でSNSにプロフィールを登録し、小児性愛者たちとやりとりをする。場所はスタジオに作られた子供部屋のセット。彼女たちはスカイプで顔出し通話をするが、相手の男たちはこぞって男性器や自慰の様子を見せる。

これを見たらNHKのドキュメンタリー番組がどれだけ高品質なのかを思い知らされた。もし同じ手法でNHKが制作したとしたら、本作よりよっぽど撮れ高のあるドキュメンタリーになっていただろう。とはいえ、現実においてNHKはこのような体当たりのドキュメンタリーを作ってこなかった*1。本作はアイデアによる勝利と言える。

SNSにおいて女性が性被害に遭うことは珍しくない。たとえば、配信界隈だとリスナーからのチン凸は日常茶飯事である。中には裸の写真を要求する男もいるようだ。日本ではそういった性被害が当たり前になっているが、それはチェコの場合も同じだった。いい歳こいたおじさんが12歳の少女にコンタクトするのは異常だし、あまつさえ男性器や自慰の様子を見せるのだから狂っている。小児性愛も多様な性癖のひとつだが、相手に近づいて加害するのが間違っているのだ。一般論を言えば、欲望を持つこと自体は問題ではない。人間には内心の自由があるのだから。問題は欲望を発露することによって他人の権利を侵害することにある。そういう意味で本作の小児性愛者たちは遠慮がなかった。彼らは欲望の赴くまま少女たちに加害している。これは法的にも問題があるし、倫理的にも問題がある。本作は大人による性加害の様子がおぞましい。

少女に裸の写真を送らせて、それをネタに脅迫するところもあるあるだろう。そもそも大人というのは子供に安全を提供し、健康的に育つことを願う立場だ。大人には守るべき規範があり、社会に対する責任がある。ところが、小児性愛者はそういった責任を放棄して性的搾取に勤しむのである。彼らは性欲という本能を全開放しているわけだが、それは同じ大人としてみっともないし悲しく思う。大人に必要なのは痩せ我慢であり、我々は反社会的な本能を押さえつける必要があるのだ。それをしないで欲望の赴くまま加害するのは見ていてイライラする。

途中でチン騎士みたいな大学生が出てきたが、あれは典型的なグルーミングなので感動しては駄目だろう。いくら庇うそぶりを見せていても、12歳の少女にコンタクトしてくる時点でおかしいのである。また、終盤で小児性愛者の自宅前で待ち伏せし、本人に凸するところはマイケル・ムーアみたいだった。おそらく影響を受けているのだろう。この小児性愛者がまた狂っていて、「ネットで変な男と出会うのは育て方が悪い」と開き直っている。このシーンは後ろめたさを隠すために逆ギレしているところが強烈で、本作における最大の見せ場だった。

異常性癖はその人の裏面であり、普段は何食わぬ顔をして社会に溶け込んでいる。そう考えると、人を信用するのも考えものだと思った。職場の同僚や近所のおじさん、あるいは家族や友人だって小児性愛者の可能性がある。人は見た目では分からない。ジャニー喜多川のような人物は社会に偏在するのである*2

*1:2024年6月に「NHKスペシャル 調査報道・新世紀 子どもを狙う盗撮・児童ポルノの闇」が放送された。本作とは違った手法で制作されていたが、非常に見応えがあった。

*2:2024年10月に放送された「NHKスペシャル ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像 」は素晴らしいドキュメンタリーだった。