海外文学読書録

書評と感想

チョ・ナムジュ『ミカンの味』(2020)

ミカンの味

ミカンの味

 

★★★★

ソラン、ダユン、ヘイン、ウンジは中学校の映画部で仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。彼女たちは進学を巡ってそれぞれ事情を抱えている。そんな矢先、済州島へ旅行することに。4人はみな学力が違うものの、一緒の高校へ進学することを誓う。目指すは平凡な一般高校だった。

「今ミカン農園を通り過ぎたよ。なんで私たち、それを思いつかなかったんだろう? 済州島といえばミカンなのに」

「そうだね。ミカン狩り、面白いのに」

「やったことあるの? 私は一度もない。さつまいも、ジャガイモ、落花生は採ったことあるけど。そういえば土から掘り出すものばっかりだわ」(p.172)

高校進学を巡る青春小説。終わってみれば硬直した社会制度へのアンチテーゼになっていて感動した。

韓国は日本以上の学歴社会で、みんな小さい頃から塾に通って勉強している。人の価値が学校の成績によって決められていて、子供の頃から窮屈な社会規範に縛られている。親も子供をいい学校にやろうと必死だ。教育のためなら引っ越しも厭わないし、場合によっては偽装転入にまで手を染めている。彼らにとっては高い学歴を得ることこそが正義なのだ。こんなんじゃあ、親も子供も疲弊するだろうと心配になるけれど、しかし、日本を含む東アジアは大なり小なりこんな感じである*1。とりわけ中国と韓国は突出していて、学歴社会の最先端をひた走っている。

仲良し4人組が学力の違いを超えて同じ高校に、それも低レベルな一般高校に進学するのは日本人から見ても異常だ。友情のために将来を棒に振っているのではないか。自他の境界が曖昧になっているのではないか。日本でもこういうケースは滅多にないから、序盤で示される彼女たちの決断にはつい反発してしまう。ところが、最後まで読むとそういった偏見が覆されてしまうのだから不思議だ。規範から一時的に降りることが彼女たちにとって最善の選択で、これこそが多様性への道を開くかすかな希望なのだ。スーパーで買うミカンは、まだ青いときにもいで流通過程で一人で熟す。それに対して天然のミカンは、木と日光から最後まで栄養をもらって熟す。別にどちらの道を選んでもいい。子供の頃の成績で将来が決まってしまう社会こそが異常で、選択肢を増やすことの大切さを思い知らされる。

途中でミステリ小説的な謎と辻褄合わせがあり、事の真相には驚きと感動がある。つまり、みんなが積極的に動いて目標を達成しているわけで、彼女たちの選択がより尊いものに思える。規範に縛られず主体的に動くこと。そういう意識が社会に浸透すれば少しは生きやすくなるのだろう。本作はその道を示した希望の書である。

*1:欧米では子供を学習塾に通わせる習慣がないらしい。学校教育だけで十分だとか。

寺山修司『書を捨てよ町へ出よう』(1971/日)

書を捨てよ町へ出よう

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  • 発売日: 2013/11/26
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書を捨てよ町へ出よう [Blu-ray]

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★★

21歳の北村英明(佐々木英明)は都内の貧乏長屋で家族3人と暮らしている。祖母(田中筆子)は万引き常習犯、父親(斎藤正治)は無職、妹(小林由起子)はウサギを偏愛する人間嫌いだった。英明は予備校通いをやめて大学のサッカー部に入り、そこの主将(昭和精吾)と懇意になる。主将は面倒見がよく、英明が童貞を捨てるのを手伝ってくれるが……。

洗練とは程遠い泥臭い実験映画。これに比べると『田園に死す』は完成度の高い映画だった。今からでも評価を上げるべきかもしれない。それと、『新世紀エヴァンゲリオン』【Amazon】と『少女革命ウテナ』【Amazon】が寺山修司の影響下にあることを確認できた。

若者には内なる衝動があって、機会があったらそれを爆発させたい。そのことがビンビン伝わってくる。英明が見る人力飛行機の夢は「自由になりたい」という欲求の表れだけど、終盤でその飛行機が燃えてしまう。だから叫ぶしかない。内なる衝動を外に吐き出すしかない。そして、終わった後は第四の壁を超えて観客に語りかける。映画なんて所詮は嘘っぱちなんだ、と。彼は観客に行動するようアジテーションしているのだ。公開当時に本作を観ていたのはたぶん若者だから、彼らには相当突き刺さったのだろう。コラージュ的な映像表現もあいまって、観客が衝撃を受けたのは想像に難くない。本作にはそれだけの熱量が感じられる。ただ、僕はもう若くないので、こういう荒っぽい映画には胃もたれしてしまうのだった。

この時代の男にとって重要なのは、童貞を捨てることと父親を殺すことらしい。そうすることで一人前になれるという認識があるようだ。童貞はともかくとして、この時代の青春映画はだいたい父殺しを扱っている。

当時の父親は従軍経験があり、戦争でたくさんの人を殺してきた。そういう人たちが何食わぬ顔で社会に溶け込んでいる。『青春の殺人者』もそうだったけれど、子供の敵が元兵隊なのが複雑なところで、兵隊とは国から強制召集された被害者なわけだ。若い頃は国家から抑圧され、中年になって子供を育てたら今度は下から突き上げを食らう。子供にとって父親は乗り越えるべき存在とはいえ、父親の立場からしたらえらい理不尽だと思う。

本作によると、書物とは家族や地縁的結合から人間を解放し、考え方の違う人を同志的結合に導くものらしい。それはそれで尊いのだけど、やはり行動することが大事で、書物とはそのための燃料なのだ。だから書を捨てて町に出るべきなのである。出演者が第四の壁を超えて観客に語りかける演出は、今見ても新奇性がある。

長谷川和彦『青春の殺人者』(1976/日)

青春の殺人者

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★★★★

千葉県。父親(内田良平)のスナックで雇われ店長をしている順(水谷豊)は、恋人のケイ子(原田美枝子)を従業員にしてイチャついていた。ところが、父親からケイ子と別れるよう告げられる。激昂した順は包丁で父親を刺殺してしまうのだった。その後、母親(市原悦子)に死体を見られ、紆余曲折の末に彼女も殺害する。順はケイ子と協力して死体の隠蔽をすることに。

原作は中上健次「蛇淫」【Amazon】。

親殺しを題材にした映画。全体的にはあまり面白くなかったけれど、母親を演じた市原悦子がすごすぎて評点を上げるしかなかった。順と母親のやりとりはもはや不条理演劇である。母親は当初、オイディプス的な構図へ持っていこうと必死に圧をかけていた。ところが、途中からは一転して息子と心中しようとしている。母親ときたらとにかく息子を溺愛していて、見てるほうとしても近親相姦の危機をおぼえるくらいだった。父親の死体が横たわる非日常空間において、殺人犯の息子が霞むほどの狂気を漂わせている。彼女の凄みに圧倒された。

それに対してヒロインを演じた原田美枝子が鬱陶しくて、最初から最後まで喚き倒している。このヒロイン、犬みたいに人懐こいし、男に依存するタイプだし、恋人としては魅力的である。けれども、映画の登場人物としてはストレスを感じさせて許容できない。あんな単調に喚いてばかりではなく、もう少しメリハリをつけてほしかった。

順の境遇は今風に言えば「実家が太い」というやつで、少なくとも食うに困ることはない。住む場所にくわえ、働く場所も親に提供してもらっている。ただその反面、彼には自由がないのだった。恋人との交際さえ好きにさせてもらえず、父親から「別れなければ仕事を取り上げる」と脅されている。つまり、生活の安定と引き換えに自由を失っているのだ。「親殺し」とは息子が自由を獲得するための手段であり、それは往々にして比喩的な意味で行われる。ところが、本作は実際に親を殺すことで、息子であることの痛みを引き出している。順は両親の死体を海へ遺棄するものの、その後は軸が定まらずに迷走し、派手な自殺未遂をやらかしている。そしてその際、親から与えれたスナックを焼失させることで、ようやく自由を手に入れるのだった。本作は甘ったれたボンボンが刹那的な行動をとる内容だけど、その空回りする反抗が時代を象徴しているように見えて興味深かった。

終盤で順が機動隊員に殺人を告白するも、虚言だと思われて軽くあしらわれてしまう。シリアスな殺人犯も国家権力からしたら頭のおかしい子供にすぎない。この場面がまた皮肉に満ちていて、悲劇を喜劇に転換するような面白さがある。本人にとっては切実な悩みでも、赤の他人からすればどうでもいいというわけ。人生の真理ではないか。

野村孝『拳銃は俺のパスポート』(1967/日)

拳銃は俺のパスポート

拳銃は俺のパスポート

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★★★★

殺し屋の上村(宍戸錠)が依頼を受け、島津組の組長(嵐寛寿郎)を狙撃して暗殺する。上村は相棒の塩崎(ジェリー藤尾)と飛行機で高飛びする予定だったが、敵に待ち伏せされて港町の宿屋に逃げ込むことに。2人は給仕の美奈(小林千登勢)に匿われるのだった。その後、依頼主と島津組が結託して上村たちを追い詰める。

マカロニウエスタン風のハードボイルド映画。とにかく主演の宍戸錠が格好いい。喋り方や佇まい、苦み走った表情など、いかにも映画スターという感じだった。こういう渋いおっさんって、現代ではなかなかお目にかかれないから貴重だ。映画会社によるスターシステムって要はジャニーズ事務所みたいなもので、良質なタレントをコンスタントに供給するという意味では理に適っている。昔の日本映画は組織的な商業システムによって支えられていたことが分かった。

映像的にはハリウッド映画みたいな密度はないものの、カット割りが妙によく出来ていてそこは感心した。要所要所で劇伴を流して叙情的な雰囲気を出すところはマカロニウエスタンのようで、これがもっとも効果をあげていたのが終盤の決闘シーンだった。このガンアクションがまた素晴らしい。拳銃を放り出して走りながら散弾銃を撃ち、弾がなくなったところで散弾銃を捨て、その場にあった拳銃を拾ってまた射撃する。攻防一体となったガンアクションに見惚れた。

序盤で上村が敵の殺し屋に狙われるシーンもいい。敵は乗用車の陰に隠れて射撃してくるのだけど、そこを上村はトラックで突っ込んで車ごと敵を海に葬り去る。このあっけない幕切れには思わず笑ってしまった。というのも、敵はいかにも手強そうな雰囲気を醸し出していたのだ。これはギリギリの撃ち合いになるだろうと予感していた。ところが、蓋を開けたら上村は銃を使わずに敵を始末している。こういう人を食った展開もまた面白い。

宿の女将がまたいい感じのおばちゃんでインパクトが大きかった。演じているのは武智豊子。本当に宿を経営しているかのような貫禄がある。宍戸錠を始めとした主要人物はいかにも映画的な浮いた存在だったけれど、この武智はそこら辺にいそうなほどのリアリティがあった。地に足のついたおばちゃんである。

見ていて驚いたのは、食堂に集まった労働者たちが給仕の美奈にセクハラしまくっているところ。ナンパしたりケツを触ったりやりたい放題である。美奈は手慣れた素振りで彼らをあしらっていた……。この光景がいかにも昭和で、ハラスメントとは最近の概念なのだということが分かる。正直、見ていて居心地が悪かった。

板垣恵介『刃牙道』(2014-2018)

刃牙道 1 (少年チャンピオン・コミックス)

刃牙道 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 

★★★

クローン技術と降霊術によって宮本武蔵が現世に復活。格闘家たちが彼に挑む。その過程で中国拳法の雄・烈海王が斬殺されてしまうのだった。一方、古武術を修める本部以蔵は、宮本武蔵から格闘家たちを「守護りたい」と思うようになり、独自に行動する。

全22巻。

『範馬刃牙』の続編。

滅茶苦茶な内容だけど、相変わらず最後まで読ませる力はある。もちろん、全盛期ほどの面白さはない。荒木飛呂彦が『ジョジョ』しか描けなくなったように、板垣恵介は『バキ』しか描けなくなったのだろう。本作は過去の遺産というか、才能の絞りカスで描いているような感じだった。

宮本武蔵の強さを引き立てるためとはいえ、人気キャラの烈海王を死なせたのは意外である。ただ、武器を使える格闘家が少ないため、彼に白羽の矢が立ったのも必然なのだろう。宮本武蔵は剣豪なのでやはり真剣を使わせたい。そして、剣豪に真剣を使わせたらただでは済まないことを表現したい。その帰結として烈海王が殺されたのだ。この判断を肯定すべきかどうかは迷うところである。しかし、一方で本作にはさほど思い入れがないので、今となってはどうでもいいかなと思う。愚地独歩や渋川剛気など、魅力的なキャラはたくさんいるし。新キャラには期待できないものの、まだまだ過去の遺産で溢れている。

もうひとつ意外なことに、本作では本部以蔵が大活躍する。それまで弱キャラで名の通っていた本部が覚醒したのだ。彼が武芸百般を修めた実戦家だなんて随分と大きく出たもので、武器を使って格闘家たち(その中には範馬勇次郎も含まれる)を次々と翻弄し、あまつさえ宮本武蔵に勝利するのは大きなサプライズだった。本作のMVPは間違いなく本部だろう。彼の覚醒には賛否両論あるにしても、死に体だったキャラを再生させた功績は認めるべきだ*1。本部にこんな使いみちがあるとは予想外だった。

宮本武蔵は確かに強いのだけど、範馬勇次郎ほどの絶望感はなく、殴られたら普通にダメージを受けているところは見ていて心配になるほどだった。攻撃力は高い反面、防御力は人並みである。そして、彼のエア斬撃は茶番もいいところで、みんなして斬られたつもりになっているのは滑稽だった。これはつまり、真剣で斬ったら確実に死ぬので、想像上の刀で斬っているということである。モブの警察官はいくらでも輪切りにできる。しかし、格闘家たちを同じ目に遭わせるわけにはいかない。今後もシリーズは続いていくのだから。エア斬撃とはその葛藤が生んだ奇跡の技である。

真剣勝負について。ピクルの肉が斬れないのは分かるけれど、花山薫の肉が斬れないのは理屈に合わないような気がした。

*1:それにしても、ガイアが本部以蔵の舎弟みたいな扱いなのには違和感があった。