海外文学読書録

書評と感想

中平康『誘惑』(1957/日)

★★

銀座で洋品店を営む杉本省吉(千田是也)は妻を亡くし、現在は一人娘の秀子(左幸子)と暮らしている。秀子は洋品店のニ階で前衛生花の展覧会を開こうとしていた。洋品店の店員・順子(渡辺美佐子)は若いのに化粧をせず、あまつさえ省吉に惚れている。秀子のグループは展覧会を開くため、松山小平(葉山良二)のグループと提携することに。そのグループには暴力画伯の草平(安井昌二)もいた。秀子と小平がいい仲になり、順子と草平がいい仲になる。そして、小平の妹・章子(芦川いづみ)が登場、彼女は省吉の初恋の女にそっくりだった。

原作は伊藤整の同名小説。

ノローグの多用によって各人物の思惑を表現していたが、これが功を奏していたのかは疑問だった。現代人からすると安直に見える。しかし、当時の観客には新鮮に映っていたのかもしれない。こういう作品はあまり見ないから。とりあえず、モノローグについては千田是也の口跡が悪すぎて何を言っているのか聞き取りづらかった。昔の映画には字幕をつけるべきではないか。

おじさんは若い女が好きだが、若い女はおじさんが嫌い。これが現代人の常識である。ところが、昔は違っていたらしい。というのも、20代の順子が55歳の省吉に惚れているのだ。ちょうど親子ほどの年齢差である。現代だったらまずあり得ない話だが、当時だったらワンチャンあり得たのかもしれない。昔の女は熟年男性に魅力を感じていた。しかし、省吉はあと10年もしたら鬼籍に入りそうなお爺ちゃんである。こんな老いぼれのどこに魅力があるのか。本当は男性の願望充足ではないか。そのような不安が脳裏をよぎりつつも、昔はおじさんにとって天国だったらしくて嫉妬した。白髪頭の寡夫若い女と結婚できたらこれほど嬉しいものはない。現代のおじさんはエイジズムに悩まされている。昭和のおじさんが羨ましい。

省吉に惚れていた順子は化粧をしていなかった。ところが、暴力画伯の草平に勧められて化粧をすることになる。するとどうだろう、順子は愛想が良くなって店の客足も増えた。おまけに彼女は老いた省吉から若い草平に乗り換えることになる。化粧が順子をエンパワーメントしたのだ。美しい自分は若い男と恋愛したっていい。省吉に惚れていたのは自己肯定感の低さが原因で、自信がついたら省吉なんて眼中になくなった。つまり、そういうことだろう。おじさんが若い女に惚れられるなんて幻想だったのだ。55歳にもなるともはや恋愛の主体的なプレイヤーになれない。寄ってくるのはアラフォーのおばさんのみである。本作は我々おじさんに厳しい現実を突きつけてくる。

若い頃の省吉は初恋の女と接吻できなかった。それが現在でも尾を引いている。ある日、初恋の女にそっくりの章子が現れた。なぜそっくりなのかというと、章子は初恋の女の娘だからである。初恋の女は既に亡くなっていた。省吉が寝ている章子に接吻するのはグロテスクだが、おじさんとは自分がおじさんであることの暴力性に気づかないものである。だから平気でセクハラするし、若い女に懸想したりする。おじさんは若い女が好きだが、若い女はおじさんが嫌い。これが現代人の常識である。我々はこのことを肝に銘じておかないといつか自滅する。

劇中に『狙った獣』と『美の秘密』のポケミス版が出てくる。ポケミスは1953年から発行されていたから息が長い。こんな昔の映画に出てきて嬉しくなった。