海外文学読書録

書評と感想

是枝裕和『海よりもまだ深く』(2016/日)

★★★★★

純文学作家の篠田良多(阿部寛)は15年前に文学賞を受賞していたが、その後は作品を書けていない。現在は「小説のリサーチのため」と称して興信所に勤めている。彼の親族には母・淑子(樹木希林)と姉・千奈津(小林聡美)がいる。また、別れた元妻・響子(真木よう子)の元に息子・真悟(吉澤太陽)がおり、2人のことをストーキングしていた。良多は作家の夢を諦められないうえ、響子のことも諦められない。そんななか台風が近づいてきて……。

是枝裕和の最高傑作は本作だ。家族ものとして完成されていて、『歩いても 歩いても』の上位互換になっている。もちろん、『そして父になる』『万引き家族』よりも断然いい。是枝の映画は樹木希林に支えられているところがあるので、彼女亡き今、本作以上の家族ものは撮れないと思われる。そう考えると、生きているうちに撮れて良かった。そして、樹木希林と同じくらいリリー・フランキーにも支えられている。彼が亡くなったらもう味のある家族ものは撮れなくなるだろう。ベテランのバイプレーヤーは作品の出来を左右するほど重要である。

人生とはままならない。子供の頃になりたかった大人にはまずなれないし、それどころか、子供の頃に嫌悪していたような大人になってしまう。良多もその手合いだった。父のことを嫌っていたのに、いつの間にか自分も父みたいな胡乱な大人になっている。興信所の所長(リリー・フランキー)が言っていたように、現代は「小さい時代」だ。器の小さい男たちが小さい出来事にあくせくしながら生きている。そして、ご多分に漏れず良多も器が小さい。作家としては鳴かず飛ばずなのにプライドが高く、漫画原作の仕事を渋っている。かと思えば、別れた妻に未練があってストーキングしている。家賃や養育費で何かと物入りな良多は、仕事で不正をしたり高校生を恐喝したりしていた。誰だってこんな大人にはなりたくないだろう。良多本人だってそう思っているはずだ。でも、我々はなってしまうのである。小さい大人に。情けない大人に。こんなはずじゃなかった。誰もがそう後悔している。

良多の母によると、幸せは何かを諦めないと手に入らないらしい。良多が不幸なのは才能がないのに作家に固執していることが原因だし、復縁の可能性がないのに元妻に執着していることが原因である。つまり、彼の人生は停滞している。過去に囚われている。一方、元妻は新しい彼氏を作って前に進もうとしていた。良多は置いて行かれようとしている。だから未練たらたらだ。結局のところ、過去に囚われないことが大事なのだろう。過去の栄光に囚われない。過去の関係に囚われない。とはいえ、そうやって割り切るのも難しいのである。人間はある程度歳をとると懐古的になるし、今まで積み上げてきた過去を拠り所にしてしまう。たとえば、居酒屋に行くと過去の武勇伝をやたらと語るおじさんがいるだろう。現代はそういう小さい男たちで溢れている。

なりたい大人になれないのが人生である。そして、その事実を受け入れることが幸せの第一歩のような気がした。