海外文学読書録

書評と感想

シンシア・アスキス他『淑やかな悪夢』(2000)

★★★

アンソロジー。シンシア・アスキス「追われる女」、メアリ・E・ウィルキンズ-キンズ「空地」、アメリア・B・エドワーズ「告解室にて」、シャーロット・パーキンス・ギルマン「黄色い壁紙」、パメラ・ハンスフォード・ジョンソン「名誉の幽霊」、メイ・シンクレア「証拠の性質」、ディルク夫人「蛇岩」、メアリ・E・ブラッドン「冷たい抱擁」、E&H・ヘロン「荒地道の事件」、マージョリー・ボウエン「故障」、キャサリンマンスフィールド「郊外の妖精物語」、リデル夫人「宿無しサンディ」の12編。

壁紙のなかにはわたし以外に誰も知らない、そして知ろうとしないものがあった。

表面の模様に隠れたぼんやりした形は日増しにはっきりしてくる。

いつも同じ形だ。ただ、とても数が多い。

それは女のように見える。上体を折り曲げ、模様の向こうを這いまわる女のように。ほんとうに気にいらなかった。わたしは考える――わたしは考えはじめている――ジョンがここから連れだしてくれることを。(p.81)

ハードカバー版で読んだ。引用もそこから。

本書の副題は、英米女流作家怪談集。大昔の女性作家のホラー小説を集めている。

以下、各短編について。

シンシア・アスキス「追われる女」

心臓の具合が悪くて入院しているミード夫人。彼女はある強迫観念に囚われていた。それは得体の知れない男に追いかけられたことだという。夫人は有名な精神分析医に見てもらう。

この精神分析医が仮装舞踏会みたいな格好をしていて、予想通りの結末を迎える。思うに、追いかけてきた男は死神ではなかろうか。現実を超越した何かがある。

メアリ・E・ウィルキンズ-キンズ「空地」

先祖代々宿屋を営んでいたタウンゼント一家が、家を安く手に入れたので引っ越す。しかし、新居に移ってから空き地で不審な影を目撃し、その後も異常現象が起きるのだった。

この引越しが運命に導かれたことが分かるラストがいい。途中までは異常現象が起きても一家の主が頑なにそれを否定していて、こういう役割はテンプレだと思った。なまじっか家を安く手に入れたばかりに怪異を認めたがらない。この心理はよく分かる。

アメリア・B・エドワーズ「告解室にて」

18年ほど前の話。「私」がライン河畔の小さな城郭都市に足を向ける。そして、教会の告解室で不気味な牧師と出くわすのだった。宿屋の人によると、そこでは過去に殺人事件が起きていて……。

昔の小説のわりに捻りが効いていて驚いた。てっきり例の人物の正体は殺された牧師だと思ってたよ。しかも、これはこれでちゃんと筋が通っている。問題の人物はそういう格好をしていたわけだからね。昔のホラー小説もなかなか侮れない。

シャーロット・パーキンス・ギルマン「黄色い壁紙」

「わたし」は医師の夫の方針により、植民地時代の邸宅で療養生活を送ることになった。しかし、「わたし」は部屋の黄色い壁紙が気に入らない。やがて「わたし」は壁紙のなかに女が見えるようになり……。

これは外部から来る超常現象ではなく、「わたし」の内部に宿る狂気を投影した話で、今まで読んだ短編とは毛色が異なっていた。本作については、フェミニズム的な解釈をするのが一般的なようだ。抑圧された女性が精神病と結びつく様子は『82年生まれ、キム・ジヨン』を彷彿とさせる。たぶん元ネタでは。

パメラ・ハンスフォード・ジョンソン「名誉の幽霊」

ロバートソンが幽霊の住む屋敷に泊まる。その幽霊は元喜劇役者で、特定の時間にピアノを弾く無害な存在だった。ロバートソンが寝ていると、幽霊が枕元に立って歌唱する。

オチが秀逸だった。なるほど、これなら約束を破ったことにはならない。それにしても、幽霊を当たり前のものとして受け入れているところが微笑ましいね。

メイ・シンクレア「証拠の性質」

弁護士のマーストンが最愛の妻ロザモンドを亡くす。妻は生前、自分が先に死んだら相応の女性と再婚してもいいと言っていた。肉欲を抑えられないマーストンは、喪が明けてからポーリーンと再婚する。いざ事に及ぼうとすると、ロザモンドの幽霊が現れて邪魔をするのだった。

これは艶笑譚っぽいかも。再婚したマーストンもポーリーンもお互い愛してなくて、ただ肉体だけを求め合っている。ロザモンドが邪魔をしたのは、もちろんポーリーンのことを認めてなかったからだし、オチに書かれたようなことが可能だったからだろう。僕も一回くらいは体験したいなあ、その快楽……。

ディルク夫人「蛇岩」

海辺の荒涼とした土地に城がそびえ立ち、そこに母と娘が住んでいる。娘は母の呪縛に囚われていた。娘は他所から来た男と出会う。

こういう人里離れた城には狂気がよく似合う。父と母の愛憎もきついが、娘に受け継がれた狂気もまたきつい。そして、最後には誰もいなくなった。

メアリ・E・ブラッドン「冷たい抱擁」

若き画学生が、いとこのゲルトルートと婚約する。画学生は所用でフローレンスへ。その間、ゲルトルートは金持ちとの結婚を決められてしまう。一方、画学生はゲルトルートのことを忘れ、他所の女にうつつを抜かしていた。金持ちと結婚したくないゲルトルートは自殺。その後、画学生は目に見えない冷たい手で抱擁されることになる。

これは因果応報だ。画学生がクズすぎる。目に見えない冷たい手で抱擁されるのは、さぞ不気味なことだったろう。

E&H・ヘロン「荒地道の事件」

男が幽霊と思しき人物を目撃する。色々あった後、心霊探偵フラックスマン・ローが事件のカラクリを説明する。

地霊が出てくるのだけど、これについて東方の神秘家を持ち出して説明している。言うまでもなく、地霊は世界各地に伝わるアニミズムの産物なので、場所によって形態が違うのだろう。本作では禍々しい存在として描かれている。

ところで、日本では地鎮祭をするけれど、西洋ではしないのかな?

マージョリー・ボウエン「故障」

弁護士のマードックが友人の地所へ向かう。途中、願望荘という宿に寄り、そこで願い事をする。彼はマードックが持っていた肖像画の女性と恋仲になることを望んでいた。

心霊体験を経た後のオチが不気味で良かった。百年前に死んだ女と瓜二つの娘が出てくる。しかも、名前まで一緒。これは生まれ変わりなのだろうか? 心臓の鼓動が激しくなるラスト一行が素晴らしい。

キャサリンマンスフィールド「郊外の妖精物語」

両親と小さい子供が朝食を食べている。子供が外を見るとそこには複数の雀がいた。そして、その雀たちは子供へと姿を変える。

ハーメルンの笛吹き男みたいなぎょっとする話だった。プロットも鮮烈だけど、何より食卓での会話が印象に残る。こういうのってグリム童話Amazon】にありそう。

リデル夫人「宿無しサンディ」

夢のなかで悪魔に監禁された牧師。ここから出るには身代わりが必要だという。宿無しサンディに白羽の矢が立つが……。

登場人物が昔話をするという体裁になってるので、ちょっと読みづらかった。まあ、死んじゃった人は不幸だね。