海外文学読書録

書評と感想

是枝裕和『歩いても 歩いても』(2008/日)

★★★★

絵画修復師の横山良多(阿部寛)が、再婚した妻(夏川結衣)とその連れ子(田中祥平)を伴って帰郷する。横山家では兄の15周忌のため、親族が集まっていた。元開業医の父・恭平(原田芳雄)とその妻で専業主婦のとし子(樹木希林)が暮らす家に、良太の姉・ちなみ(YOU)とその夫(高橋和也)、さらに2人の子供も来ている。良多と恭平は関係がぎくしゃくしていた。

これはすごかった。三世代にわたる家族の何気ない日常を描いている。台所での調理から食卓を囲んでの団欒まで、隅々まで神経が行き渡っていてその迫力に打ちのめされた。アニメの日常ものも悪くないが、あれは癒し系なのでだいぶ理想化されている。本作みたいな生々しいやりとりは実写映画でしか不可能だろう。こういう映画こそ日本映画の醍醐味だと思うので、今後は意識して小津安二郎や山田洋次に手を出していこうと決心した。

樹木希林、YOU、夏川結衣といった女性陣が芸達者で、会話による攻防にリアリティがあった。家族を描くとはすなわち関係の網の目を描くことで、誰が誰をどう思っているのか、言葉遣いや態度で浮き彫りにしていく。樹木希林とYOUは血の繋がった親子を演じているから、お互い気の置けない態度でいるが、夏川結衣は次男の嫁だから終始笑顔で気を使う。おまけに彼女は後家で連れ子もいるから、かかるプレッシャーが半端ないのだった。この微妙な空中戦は日本人なら誰もが体験しているので、見ていてつい我が事のように感じてしまう。そして、お互い気を使いつつも本音がちらりと覗いたとき、人間の持つすごみというか、言い知れぬ闇が肌をそっと撫でてきて思わずぞっとするのだった。特に樹木希林が夏川結衣に軽く嫌味を言い、そこからストレートに子供を作るかどうか訊いてくる2段コンボは強烈だ。まるでボクシングのコンビネーションブローのようである。樹木希林はこれ以外にも、死んだ長男を巡って赤の他人に痛烈な嫌がらせをしていて、おっとりした外見とは裏腹に救い難い陰湿さを抱えている。その人間性がとても恐ろしかった。

本作はカメラワークも絶妙だった。一家の団欒を安定した画角で捉え、どっしりとした印象を与えるところは、いかにも映画の映像という感じがする。こういうのはテレビドラマだと絶対に出ない味わいだ。また、長回しによる会話劇も見応えがあって、丁々発止のやりとりはうらぶれた日本家屋によく似合う。本作は日本映画の最良の部分を結集した映画と言えよう。