海外文学読書録

書評と感想

ジャック・ベッケル『穴』(1960/仏=伊)

穴(1960)(字幕版)

★★★

未決囚が収監されているパリのサンテ刑務所。青年ガスパル(マーク・ミシェル)が4人の部屋に新入りとして入ってくる。4人はロラン(ジャン・ケロディ)、ジェオ(ミシェル・コンスタンタン)、マニュ(フィリップ・ルロワ)、ボスラン(レイモンド・ムーニエ)。彼らは脱獄を企てていた。協議の結果、ガスパルも仲間に入れることにする。みんなで穴を掘って地下水道から抜け出そうとするが……。

原作はジョゼ・ジョヴァンニの同名小説【Amazon】。

これは男の映画だ。舞台が刑務所だから男しか出てこない。刑務官は全員男だし、囚人も同様である。例外は面会のシーンでガスパルの義妹(カトリーヌ・スパーク)が出てくるところだけ。それ意外は男だらけで実にむさ苦しかった。

男の中の男とは、どんな環境にあってもサバイブできる者のことを指す。たとえば、ロビンソン・クルーソー*1。彼は無人島に漂流して28年間自活した。たとえば、石神千空*2。人類が滅んだ世界の中、科学の力で文明を再興した。本作の囚人たちも彼らに近い。脱獄に必要な物を自作し、刑務官に隠れて穴を掘り進めていく。ベッドの足をハンマーにしたかと思えば、手近な金属を合鍵に仕立てたりもする。時間を知る必要が出てきたときは砂時計も作った。この徹底したDIY精神はまさにロビンソン・クルーソーであり、石神千空である。本作の囚人たちなら無人島に漂流しても生き延びることができるだろう。また、人類が滅んだ世界でもそれなりにやっていけるだろう。降って湧いた状況を受け入れ柔軟に対応する。脱獄には知力と体力が必要であり、それは男の中の男しか持っていない。我々は極限状態に置かれたとき、その男性性を試されるのである。

豊かな物質文明で育った日本人はDIYの精神を忘れている。自転車がパンクしたら自転車屋に直してもらうし、ズボンの裾を詰めたいときは洋服屋に持っていく。犬小屋も自分では作らない。ホームセンターで買ってくる。我々の世界では金を払えばどんなサービスも受けられ、どんな物も手に入るのだ。このような分業こそが社会を発展させてきたわけだが、一方で人類からサバイバル能力を奪ってしまった。我々は自然物だけで火を熾せない。山奥で狩りもできない。毒キノコだって見分けられない。無人島に漂流したらまず生き延びることができないだろう。文明が維持されてる間はいいが、いざというときには対応できない。物質文明に骨まで浸かった我々は去勢されている。

脱獄計画のリーダーはあらゆる物事に通じている。刑務所の構造に詳しく、どこにどういう空間があり、どの道がどこに通じているのか把握している。潜望鏡や合鍵といった物資も彼が自作した。刑務官にバレないような対策も進めている。彼こそ男の中の男と言えよう。男だらけでむさ苦しい本作は、最初から最後まで男の映画だった。

*1:ロビンソン・クルーソー』【Amazon】の登場人物。

*2:『Dr. STONE』【Amazon】の登場人物。