海外文学読書録

書評と感想

アキ・カウリスマキ『真夜中の虹』(1988/フィンランド)

真夜中の虹 (字幕版)

真夜中の虹 (字幕版)

  • トゥロ・パヤラ
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★★★

炭鉱が閉山して失業したカスリネン(トゥロ・パヤラ)が、自殺した父のキャデラックで南へ向かう。途中、強盗に襲われ有り金を奪われた。その後、駐車違反を取り締まっていた女イルメリ(スサンナ・ハーヴィスト)と出会う。彼女は離婚しており、幼い息子リキ(エートゥ・ヒルモカ)と二人暮らしだった。イルメリの家に転がり込むカスリネン。ところが、偶然強盗と再会したカスリネンは暴行して逮捕され、裁判を経て刑務所に収監される。そこで囚人のミッコネン(マッティ・ペロンパー)と知り合うのだった。

犯罪映画。言葉で説明すると陳腐なプロットだが、乾いた雰囲気が独特で飽きさせない。ユーモアも地味に根を張っていて、変なことを大真面目にやっているところがシュールである。寡黙な人たちが淡々と物事を進めていくところはまさにハードボイルド。飾り気のなさがいい。

冒頭からしてただものではない。カスリネンの父親が息子にひとしきりアドバイスしたあと、拳銃を取り出して自殺するのである。父親は自殺するような話ぶりでもなかった。無表情で落ち着いた態度である。それでもあっさり自殺している。そして、この銃声が物語の号砲になっていて、カスリネンも顔色ひとつ変えることなくキャデラックで旅に出る。カスリネンにとっては最悪のスタートであり、物語としては最高のスタートだ。本作にはこういうシュールなユーモアが散見され、独特の雰囲気を醸し出している。冒頭がすべてを象徴していた。

強盗に有り金を奪われても悲嘆に暮れず、すぐに日雇いの仕事に入るカスリネンがすごい。旅の予定に大幅な変更を強いられたのに、それでも現実に対応した行動を取っている。落ち込んでいる暇などないし、落ち込む意味もない。運命に逆らわず人生を切り拓いていくことだ。カスリネンにそういう意識があったのかは分からないが、彼は万事がこの調子で、刑務所に入ってからもやるべきことをやっている。そのたくましさは瞠目すべきだろう。カスリネンの人生は下り坂であるものの、絶望せず粛々と前に進んでいる。これぞ男の生き方である。

随所にアメリカの影がちらついている。コカ・コーラの看板、ペプシコーラの店、旅の途中で購入したハンバーガー。テレビで見た犯罪映画もアメリカ製だし、メキシコに向かうところもアメリカっぽい。そもそもカスリネンの乗ってるキャデラックがアメリカ車だ。随所に出てくるアメリカの影。フィンランドアメリカに文化侵略されているのだろうか。このアメリカの浸透ぶりが興味深い。

カスリネンにはミッコネンというバディがおり、イルメリという運命の女がいる。犯罪映画の要件は揃っていた。銃声から始まったキャデラックの旅も、終わってみれば随分遠いところまで来ている。レールからはすっかり外れてしまったが、これはこれで救いになっているのだから後味がいい。カスリネンは逃亡先でもたくましく生きていく。本作は犯罪映画というよりは人生についての映画だった。