海外文学読書録

書評と感想

エルネスト・ディアス=エスピノーサ『ミラージュ』(2007/チリ=米)

ミラージュ(字幕版)

ミラージュ(字幕版)

  • マルコ・ザロール
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★★★

クラブの用心棒マルコ(マルコ・ザロール)は、過去に両親を強盗に殺されていた。弟のチトはそのせいで心を閉ざし、精神病院に入院している。マルコはジョギング中に強盗団に遭遇、相手の目出し帽を奪って被り、覆面男になって女性を助ける。その女性はニュースキャスターのカロルで、覆面男は一躍有名になるのだった。以後、マルコはミラージュマンと名乗り、覆面を被ってヒーロー活動をする。

複数のアメコミヒーローを先行作品として押さえつつ、それらを茶化して等身大のヒーローとして描いている。全体的にシリアスとコメディのバランスが絶妙で、本作は愛すべき小品と言えるかもしれない。マルコは病気の弟を元気づけるためにヒーロー活動をしているし、トレーニングの様子はロッキーのようにストイックだ。彼は空手をマスターしており、徒手空拳で悪党と戦っている。もちろん、スーパーマンみたいな超人ではなく、バットマンみたいな生身の人間だ。しかし、格闘技は滅法強い。タイマンではまず負けないし、複数人とのバトルもブルース・リーさながらの武術で勝利している。本作はこの格闘アクションが素晴らしい。およそ低予算とは思えないリアルな出来なのである。とにかく動きがめちゃくちゃ鋭く、本物の格闘技を見ているような気分になる。思うに、主演のマルコ・ザロールは空手の有段者ではなかろうか。総じて安っぽい雰囲気でありながらもキラリと光るものがあって、結果的には思わぬ拾い物だった。

マルコが囚われのカロルを救うべく、偽ロビンとアジトに乗り込むシークエンスが良かった。偽ロビンは速攻でやられてるので、事実上マルコが単身で乗り込んだ格好になっている。このミッションはまるでブルース・リーの映画みたいというか、あるいはテレビゲーム的というか、つまり、雑魚がいて中ボスがいてボスがいるみたいな構成になっていて、格闘アクションの醍醐味が詰まっていた。敵を倒しながらアジトの中をじりじり進んでいく。マルコも敵も徒手空拳でやり合っているところがいい。

一方、ペド・レッドとの戦いはこれまでとは難易度が違っていて、相手はガチの犯罪集団である。敵は銃で武装しており、警察も手を焼いていた。ここではマルコの暴力が行き過ぎていて、それまで殺さずを貫いていたのが一転、凄惨な殺人へと発展している。つまり、一線を越えてしまったのだ。この部分は自警団ヒーローものとしては物議を醸すところだろう。一般人のマルコに人を殺す資格があるのか、それとも正義のためなら殺人もやむなしなのか。しかしながら、物語はそういう葛藤をすっ飛ばして進んでいるので、もう少し掘り下げても良かったかもしれない。

本作は格闘アクションが素晴らしかった。そのことだけでも心に留めておきたい。