海外文学読書録

書評と感想

エドガー・ライト『ベイビー・ドライバー』(2017/英=米)

★★★

ベイビー(アンセル・エルゴート)は犯罪組織のドク(ケヴィン・スペイシー)に気に入られ、強盗のドライバーに指名されている。ベイビーのドライビング・テクニックは天才的だった。彼はドクへの借金返済のために仕事を引き受けている。ある日、ベイビーはウェイトレスのデボラ(リリー・ジェームズ)と出会う。借金を完済しても組織から足抜けできないベイビーは、デボラと逃走する計画を立てるが……。

最近のアクション映画は動的なシーンで細かくカットを割るから見ていて疲れる。本作のカーチェイスもしんどかった。あまりに細かく割るから何が起きているのか把握しづらい。一つ一つのカットはどれも高度なアクションを繰り広げているのに、なぜここまでぶつ切りにするのか理解に苦しむ。技術の無駄遣いではないか。おそらくこれが今どきのスタイリッシュな編集なのだろうが、アクション映画はもっと泥臭くていいと思う。こんなアクションどうやって撮ったんだ? というサプライズを味わいたいのだ。本作みたいな編集ではYouTuberの動画と変わらない。

カーチェイスやガンアクションなど、アクションシーンは色々あったけれど、その中で一番良かったのはベイビーが走って逃げるシーンだ。それも得意の車ではなく、自分の足でである。これが現実の街を舞台にした障害物競走になっていて面白い。ベイビーの運動神経が思いのほか良くて、軽やかに街中を走り抜けている。エスカレーターを駆け下りたり、車の中を通り抜けたり、身体性を感じられるところが気持ちいい。この身軽さは若さの特権である。率直に言って、カーチェイスよりも爽快感があった。

ベイビーは幼少期に車の事故で両親を亡くしている。母親が運転し、父親が助手席に座っていたのだが、二人が口論してよそ見運転になってしまったのだ。後部座席に座っていたベイビーは、事故の後遺症で現在も耳鳴りがしている。その耳鳴りを消すために四六時中iPodで音楽を聴いていた。iPodは両親から誕生日にプレゼントされた思い出のアイテムである。耳鳴りが両親を亡くしたトラウマだとすれば、iPodは両親との良き思い出だ。ベイビーはトラウマを思い出でかき消ししている。おまけに、車の事故で両親を亡くしたのに、ベイビーがしている仕事は車の運転手だった。こういった皮肉な構造は、八方塞がりな状況と相俟って悲しいものがある。どこまで行っても両親の死から逃れられない。ベイビーの寡黙さは過去の悲劇に通じている。この暗いキャラ設定は特筆すべきだろう。

犯罪組織からいかにして足抜けするか。この問題はフィクションの定番である。本作はベイビーの逸脱した行動から混沌とした状況が生まれた。並の人間なら死んでいるレベルだが、ベイビーは意外とはしっこかった。仕事仲間がみな死んでいるのにベイビーだけ生き残っている。しかも、相手はみな武器を使いこなす武闘派である。このサバイバル能力の高さも特筆すべきで、ベビーフェイスからは想像もつかない顛末に驚かされる。見た目と能力にギャップがあるところが良かった。