海外文学読書録

書評と感想

フィリップ・ド・ブロカ『リオの男』(1964/仏=伊)

★★★★

航空兵アドリアンジャン=ポール・ベルモンド)が休暇でパリに帰ってくる。パリには婚約者のアニェス(フランソワーズ・ドルレアック)がいた。同じ頃、博物館でアマゾンの土像が盗まれる。その土像が原因でアニェスが誘拐された。急いで追いかけるアドリアン。2人は飛行機でブラジルのリオに辿り着く。

古き良き娯楽映画だった。アクションというよりは活劇といった風情のレトロ感。派手なことはしないものの、地味にすごいことをやっている。

好きなシーンを挙げていく。

アドリアンが階段で敵に挟まれた際、靴磨きの少年(ウビラシ・デ・オリヴェイラ)が機転を利かせて観光客を呼び込んで助けるシーン。少年とは思えない機知である。アドリアンがホテルの外壁を狭い足場を伝って移動するシーン。下界との絶望的な高低差にぎょっとする。アドリアンと靴磨きの少年が出会うシーン。仲良くなる過程が完璧すぎる。アドリアンと靴磨きの少年がスコッチで乾杯するシーン。少年は6歳くらいにしか見えないから余計笑える。靴磨きの少年とアニェスがサンバを踊っているシーン。2人とも足捌きがすごかった。アニェスが「わたしは銃は嫌いよ」と言って銃を投げ捨てるシーン。彼女のぶっ飛んだ性格を表している。アニェスが泳げないのに下着姿になって海に飛び込もうとするシーン。彼女のぶっ飛んだ性格を表している。アドリアンが工事中のビルで綱渡りをするシーン。スタントマンを使ってないのでびっくりした。バイクと車がカーチェイスするシーン。バイクが車に体当たりされていて危なそうだった。

他にもあったが思い出せない。要は好きなシーンがてんこ盛りということだ。

現代のアクション映画は細かくカットを割って動きを誤魔化す傾向にあるけど、本作はあまり誤魔化していなかった。見せるところはちゃんと見せている。ここで思い出すのが、広場で車に追いかけられるシーンと海でボートに追いかけられるシーン。どちらも割ったほうがいいシーンなのであれで不満はなかった。そもそも大した見せ場でもないし。埋め草みたいなシーンである。

快活なアドリアンとぶっ飛んだ性格のアニェス。この凸凹コンビが良かった。2人の掛け合いは常にコミカルで映画の雰囲気を決定づけたところがある。また、靴磨きの少年もチャーミングだった。大人の世界で生きているから機知に富んでいるし、明るい笑顔を振りまいていて安心感がある。

アマゾンの土地開発によって敵の野望が潰えるところは随分な皮肉である。現代の天罰は自然によってではなく人為によって下される。また、金持ちが作り上げた町も空虚で薄ら寒いものがあった。どこかで見た光景だと思ったら中国である。中国もあんな風に急進的な開発をしていた。ここでふと思いつく。本作の裏テーマは開発ではないか。古代文明に対置される形での開発。こうして人類のフロンティアは消えていく。