海外文学読書録

書評と感想

ジャック・ヘラー『トランス・ワールド』(2011/米)

★★★★

サマンサ(キャサリン・ウォーターストン)は夫とドライブ中にガス欠になり、ガソリンを買いに行った夫を探しに森へ入って古い小屋にたどり着く。そこへ青年トム(スコット・イーストウッド)がやってきた。彼は車で事故を起こして小屋にたどり着いたのだという。さらに、ジョディ(サラ・パクストン)という若い女も小屋にやってきた。彼女は彼氏に置き去りにされたという。3人は森から脱出しようとするが……。

クローズド・サークル系のミステリかと思いきや、いい方向に予想を裏切られた。とにかく脚本が素晴らしい。尺のほとんどが森のなかだから、映像的には殺風景で見栄えがしないのだけど、それを補って余りあるほどの意外な展開を見せてくれた。そのうち豪華俳優陣を使ってリメイクされるのではないか。

状況が徐々に明らかになっていくところがいい。3人がそれぞれ見るフラッシュバックは何なのか? みんなの地理の感覚が合ってないのはなぜなのか? そして、ひょんなことから判明する3人の共通点……。そこからやや退屈な手続きを踏みつつ、人生の何たるかに思いを馳せる終幕を迎えている。こういう後味はこういうギミックでしか出せないって感じ。本作は観てる間よりも、すべてが終わったあとにエモい波がくる。設定を十分に活かした映画で、総合的には満足度が高かった。

本作を観て痛感したのは、人生とは個人の努力ではどうにもならないということだ。3人ともそれぞれ致命的な運命を抱えていて、これを努力だけで軌道修正するのは不可能である。人生にとってもっとも重要なのは、やはり生まれ育った環境だろう。環境があるから努力が生きる。『万引き家族』の項でも書いたけれど、我々の人生はガチャの要素が大きい。どの家庭に生まれるか、あるいはどういう育ち方をするかでほとんどが決まる。小泉政権以降、日本では貧困者に対し、自己責任論を振りかざして突き放してきた。ネオリベの思想が幅を利かせてきた。しかし、それは大きな間違いだったと言わざるを得ない。個人の努力で運命を変えるには限界がある。「無知のヴェール」という政治哲学の考え方*1は、現代でも有効ではないか。恵まれない境遇の人に対し、努力不足と断じるのはあまりに酷だと思う。

トムを演じたスコット・イーストウッドクリント・イーストウッドの息子。フィルモグラフィーを見ると、父親の映画にちらほら出演していた。

*1:ジョン・ロールズ『正義論』【Amazon】を参照のこと。