海外文学読書録

書評と感想

ジョン・カーニー『ONCE ダブリンの街角で』(2007/アイルランド)

★★★

ダブリン。男(グレン・ハンサード)がストリートでギターの弾き語りをしていると、彼の前に花売りの女(マルケタ・イルグロヴァ)が現れた。女は男に曲や恋人についてしつこく質問する。男は実家で掃除機修理の仕事をしており、さらに恋人と別れて失意のどん底にあった。一方、女はチェコからの移民で、母と娘の3人で暮らしている。色々あって2人は仲良くなり、スタジオで曲のレコーディングをすることになった。

音楽を媒介に人と人との繋がりを描いていて、しみじみとした味わいがあった。本作は結ばれない恋を描いた恋愛映画でもあるし、アコースティック曲が満載の音楽映画でもある。男女の微妙な関係に焦点を当てながらも、キスひとつしないところがいい。基本的に、キスとセックスのない恋愛映画はいい映画だと思う。

特徴的なのが、ミュージカル映画かと見紛うほど音楽の量が多いところで、シンプルな物語を音楽の力で強く押し切っていた。男女関係、アコースティック音楽、共同のレコーティング作業。同じ監督の『はじまりのうた BEGIN AGAIN』は、本作のセルフリメイクじゃないかと思ったほど映画としての切り口が似ている。これはたぶんそういう作家性なのだろう。本作はとにかく音楽が素晴らしくて、特にレコーディングのときに演奏していた曲が最高だった。ギターとピアノの合奏に途中からドラムが入ってくるところで「おっ」と思わせる。ギアを一段階引き上げる感覚があってとても気に入った。

男はミュージシャンになるべくロンドン行きを決意する。ふと思ったけど、アイルランド人にとってロンドンとはどういうポジションなのだろう? というのも、アイルランドの首都はダブリンであり、ロンドンは同じ文化圏とはいえ外国の首都である。たとえるなら、日本人にとってのニューヨーク、アメリカ人にとってのパリになるだろうか。いや、たぶん違うはずだ。ちょっとピンと来ない。この辺の微妙な感覚が掴めなくて、自分の知識不足を思い知らされた。もっと文学を読んで、もっと映画を観る必要がある。フィクションを楽しむためにしっかりインプットしようと思った。

冒頭で男が金の入ったギターケースを盗まれ、追いかけっこの末に取り返す。このシークエンスでダブリンがどういう街なのかをひと目で分からせたのは凄かった。観客を引きつける最高の導入部だと言える。