海外文学読書録

書評と感想

ウディ・アレン『マッチポイント』(2005/英=米=ルクセンブルク)

★★★★

アイルランド人のクリス(ジョナサン・リース=マイヤーズ)はプロテニス選手だったが、キャリアに見切りをつけてイギリスのテニスクラブでコーチをしている。そこで上流階級のトム(マシュー・グッド)と意気投合し、彼の妹クロエ(エミリー・モーティマー)と交際するようになった。その一方で、クリスはトムの婚約者でアメリカ人のノラ(スカーレット・ヨハンソン)に惹かれる。

予想外の脚本で面白かった。クリスはクロエと結婚しつつノラと浮気をする。その頃、ノラはトムから婚約を解消されてフリーになっていた。クリスはノラに対して「離婚する」と囁いているものの、どうやら玉の輿で手に入れた上流生活は捨てたくないようである。安定した生活と男を夢中にさせる女、クリスはどちらを選ぶのか? そういう下世話な興味で観ていたら、浮気相手のノラが妊娠してしまった。危険日なのにクリスが避妊しなかったというのだから笑ってしまう。ともあれ、クリスはクロエとノラの間で板挟みにあって、遂には突拍子もない手段に出る……。

ここからの展開はちゃんと伏線を回収していて、たとえばクリスの犯行計画は冒頭で読んでいた『罪と罰』【Amazon】を逆転させたものだし、投げ捨てた指輪が壁に引っ掛かるところは、これまた冒頭のネットインのシーンと対応している。さらに、クリスとクロエはちょっとした議論をしていて、成功に必要なものは何かというお題に対し、クリスは「運」、クロエは「努力」と答えている。実際、クリスは運の良さで事態を切り抜けるのだった。この後、警察が猟銃を調べたらクリスの犯行は露見するかもしれないけれど、映画はその前で終わっていて、罪を犯したクリスが罰を免れた形になっている。クリスは罪悪感をおぼえているものの、犠牲者に対しては冷淡だ。君らが死ぬのは仕方がなかったみたいな態度である。たぶんこれはウディ・アレン版『罪と罰』なのだろう。ここには皮肉な人間観が表れていて、人を殺した男は絶対に自首しないし、ましてやソーニャみたいな聖女は存在しない、結局のところ人生は運によって決まると主張している。

しかしまあ、洋の東西を問わず男は性欲の虜で悲しくなる。僕も男の端くれだからクリスの気持ちはよく分かる。クロエ(エミリー・モーティマー)とノラ(スカーレット・ヨハンソン)だったら、そりゃ後者のほうがそそるだろう。しかも、妻のクロエは妊娠したいがために盛んに圧をかけてくる。これから逃れる意味でも浮気は必須だ。本作を観た女性陣は男の身勝手さにむかつくだろうけど、そこはそれ、男とは悲しい生き物だということを理解していただきたい。男はファルスでものを考えるのだから。