海外文学読書録

書評と感想

モルテン・ティルドゥム『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(2014/英=米)

★★★

1939年。数学者のアラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)が軍の面接を受け、ナチスの暗号機エニグマを解読するチームに加わる。優秀だがコミュニケーション能力に欠けるチューリングは、一度はクビの危機に陥るも、ウィンストン・チャーチル首相に直訴の手紙を送ってチームの責任者になる。早速2人をクビにしたチューリングは、後任にジョン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)を迎える。

アラン・チューリングの伝記映画。

偉人の伝記映画は作り手が観客を感動させようという意図が見え見えであまり好きではない。ご多分に漏れず本作にもそういう傾向があって、同性愛者の悲哀を強く打ち出している。実際、当時のイギリスでは同性愛が犯罪だったから生きづらさは抱えていたはずだし、ホルモン投与についても葛藤があっただろう。事実として1年後には自殺しているし。でも、個人的にはたとえ事実であっても映画にすると作り手の作為が見えてしまい、何かに乗せられてるような気分になる。ここが泣きどころだよ、と誘導されているような気分になる。やはり偉人の伝記は映画で見るのではなく、本で読むべきだろう。そちらのほうがまだ夾雑物は少ない。

本作は同性愛がクローズアップされがちだが、個人的には発達障害に注目しながら見ていた。すなわち、チューリングのASD(自閉症スペクトラム障害)傾向についてである。彼はジョークを解さないし、言葉をそのまま受け取るし、人の機嫌を取るのもぎこちない。表情も乏しく、子供時代は妙なこだわりがあった*1。この部分で印象的なのが、チームのメンバーがチューリングをランチに誘うシーン。メンバーが「俺たちランチに行く」と話しかけたのに無反応だった。メンバーは「一緒にランチに行くか」の意味で言ったのに、チューリングはそれを文字通り「ランチに行く」と解釈していたのだ。このシーンはASDの特徴がもろに出ていて興味深かった。

しかし、このように日常言語を解読できないチューリングが、暗号解読で力を発揮するところが本作の面白いところだろう。発達障害者のチューリングには、定型発達者にはない優れた能力が備わっていたのだ。世間が発達障害について語る際、よくその「生きづらさ」が注目されるが、なかには異能を持った人もいて、障害者だからと言って切り捨てることができない。同じ発達障害者でも、天才とポンコツを分ける何かがある。これが何なのかを解き明かすことが、発達障害者の「生きづらさ」を解消するポイントになるのではないか。それは単に適材適所の問題かもしれないし、定型発達者の間でも見られる能力格差の問題かもしれない。今後の研究が期待される。

ところで、暗号とは表面的には誰でも読めるものの、解読には鍵が必要だという。これって文学と同じではないかと思った。つまり、文学も物語を追うだけなら誰でもできる。しかし、きちんと読解するには鍵を必要とする。僕も文学を読む際は毎回鍵を探しながら読んでいた。まさか文系と理系の理屈が繋がるとは思わなかったので、これには軽く興奮したのだった。

*1:にんじんとグリーンピースを選り分ける癖があった。