海外文学読書録

書評と感想

アニエス・ヴァルダ『ラ・ポワント・クールト』(1954/仏)

★★★

ポワント・クールトは南仏にある小さな漁村である。夫(フィリップ・ノワレ)は生まれ故郷であるこの漁村に帰ってきた。そして、妻(シルヴィア・モンフォール)もこの漁村にやってくる。2人の関係は終焉を迎えようとしていた。一方、村では違法な漁業をしており、衛生局が目を光らせている。

アニエス・ヴァルダの監督デビュー作。ヌーヴェルヴァーグというよりはイタリアのネオレアリズモっぽい雰囲気だった。といっても、そもそもヌーヴェルヴァーグはネオレアリズモの影響を受けているから雰囲気が似ているのは当然だろう。漁村の生活なんて『揺れる大地』を彷彿とさせる(モデルにしたのかと思ったくらい)。一方、夫婦が恋愛について哲学的な会話を繰り広げるところはフランスのエッセンスが入っている。本作はイタリア的な要素とフランス的な要素が幸福な結婚を果たしていた。

漁村の生活にフォーカスした部分と夫婦の会話にフォーカスした部分はコンセプトが違っていて対照的だ。前者はワイドなドラマでそれこそ現地の生活を映している。軸となっているのは採貝漁業だ。どうやらここで採れる貝は衛生的に問題があるようで当局が目をつけている。それに対して後者――夫婦の会話――は2人の世界だ。ほとんどが会話劇で画面の構図も演劇的である。漁村の生活と夫婦の会話はコンセプトが違っているが、時に混ざり合うのだから面白い。前景と後景が完全に遊離していないところが本作の味になっている。

フランス人は恋愛と哲学が好きだから彼らに愛を語らせたら哲学的になるのは必然なのだろう。本作の夫婦は別れようとしている。妻のほうは「愛はいずれ老いていく」と悲観的だ。たとえ今は愛し合っていてもいずれ愛は薄れていく。そう考えたのも夫の浮気が原因だった。夫のほうはそれを乗り越えたことで絆が深まったと思っているのだから現金である。理屈と膏薬はどこへでもつくのだ。この時点で夫婦は不穏な空気を漂わせているが、後になって意外な道筋を辿ることになる。ここが男女の機微なのだろう。夫婦には積み重ねたものがあってそれは第三者には窺いしれない。人生を共有してきた事実は大きく、最終的には収まるべきところに収まっている。

夫が漁村生まれなのに対し、妻はパリ生まれである。妻は田舎育ちの夫から静けさを学んだのだという。パリではみんなが成功したがっていて忙しない。一方、漁村は時の流れが止まったかのようにのんびりしている。こういったスローライフが夫の人格形成に影響を与えたことは想像に難くない。そして、パリからやってきた2人は観光客のように浮いている。漁村が魅力的に見えるのは我々も観光客の立場でここを見ているからだろう。船上槍試合なんか実に楽しそうだが、一方でこんな田舎で日銭を稼ぐのは大変そうだ。永住するのに躊躇いをおぼえる反面、のんびりした雰囲気が心地よくて一時的に滞在するなら悪くない。このようにネオレアリズモの本質は観光にあるような気がした。