海外文学読書録

書評と感想

蔵原惟繕『狂熱の季節』(1960/日)

★★★★★

夏。明(川地民夫)と勝(郷鍈治)が東京少年鑑別所から出所する。2人は車を盗んで走り出し、ユキ(千代侑子)と合流する。ユキは外国人相手のパンパンをしており、明の恋人のような存在だった。車で海辺に行くと、新聞記者の柏木(長門裕之)と恋人の文子(松本典子)を発見。そのまま柏木を跳ね飛ばし、3人は文子を誘拐する。明は草むらで文子を強姦するのだった。

原作は河野典生「狂熱のデュエット」【Amazon】。

日本のヌーヴェルヴァーグの最高傑作ではなかろうか。アップテンポのジャズに合わせて無軌道な若者の自由な振る舞いを映していく。とにかく主演の川地民夫がすごい。大きな犯罪はしない代わりに小さな犯罪は息をするように重ねていく、そんなモダンな若者を好演している。川地民夫ヌーヴェルヴァーグ作品と言えば、同年公開の『すべてが狂っている』が有名である。しかし、それよりも本作のほうが間違いなく彼の良さを引き出している。他人に害意があるわけでもなく、社会に反抗するわけでもなく、ジャズのようにひたすら自由に生きる。そんな川地民夫の魅力に溢れた映画だった。

明は現代の倫理にそぐわない生き方をしているが、それは別段悪いことをしようとしているのではなく、彼にとって自然体なのである。金物屋で包丁を万引きする。駐車してあった車を盗む。民家から牛乳や新聞を失敬する。すべて悪気があるわけではなく、自他の区別がついてないだけだ。俺のものは俺のもの、お前のものも俺のものの精神。彼が明確に悪いことをしたのは文子を強姦したことくらいだろう。しかしそれには理由があって、明は文子の恋人に通報されたことで警察に捕まり、少年鑑別所に送られたのだった。強姦はいわばけじめである。それが証拠に明は一般市民には危害を加えていない。時々ふざけて威嚇するものの、理不尽な暴力を振るうことはないのである。そんな彼は芸術家から「全身で現代を表現している」と評されるのだった。何の計画もなくただ気の向くまま自由に生きる。印象的なのは、道でぶつかったやくざに殴られても無抵抗で通したところだ。殴り返すだけ無駄だと心得ている。彼の頭の中には意地なんてものはない。「ジャズの分からねえ奴らだよ、ケンカするのは」と嘯いており、争いごとを嫌っている節すらある。

強姦された文子は自分が汚れていると信じ込み、恋人の柏木を汚してくれるよう明に頼み込む。具体的には柏木をパンパンと交わらせたかった。パンパンのユキからしたら失礼な話ではあるが、この奇妙な頼み事が後に文子とユキのW妊娠に繋がるのだから面白い。というのも、そのW妊娠はラストで綺麗なオチがつくのだった。そう考えると、本作は意外とプロットがしっかりしている。文子と柏木が明を殺害しようとしたシーンも生きていて、産婦人科でばったり再会したときの驚きは笑えるものがあった。本作は明、勝、ユキといった仲間内だけでなく、文子や柏木といった他者と交わらせたところがいい。一般市民の文子や柏木のほうが残酷なところが皮肉である。

目立つのが登場人物の汗で、真夏の暑さとやり切れなさが存分に伝わってきた。