海外文学読書録

書評と感想

クロエ・ジャオ『ノマドランド』(2020/米)

★★★★

ネバダ州。リーマンショックで鉱山会社が倒産した。そこに存在した町も丸ごと閉鎖する。教員をしていたファーン(フランシス・マクドーマンド)は失職し、自動車で寝泊まりするノマドワーカーになった。彼女は仕事を求めてあちこち移動する。同じ境遇の人たちは高齢者が多く、彼らは自助・共助を駆使して生活していた。やがてファーンはデイブ(デヴィッド・ストラザーン)と出会う。

原作はジェシカ・ブルーダー『ノマド 漂流する高齢労働者たち』【Amazon】。

実際にノマドワーカーをしている人が多数出演している。出てくる人たちはみな自然体でドキュメンタリータッチの映画になっていた。これならいっそのことドキュメンタリー映画にしても良かったかもしれない。ただ、そうするとフランシス・マクドーマンドデヴィッド・ストラザーンによってもたらされた魅力は間違いなく消えてしまう。本作は彼らが中心になっているところがいいので。まず顔に刻まれた皺の年輪が芸術的だし、自立した佇まいもクリント・イーストウッドの領域に入っている。ハリウッドにはどの年代にも相応の俳優がいて層が分厚いと感じる。

徹底した自助と共助の世界に圧倒される。公助にはまったく期待できない。だから自分のことは自分で責任を負いつつ、助けが必要なときは周囲の人に頼っている。これが西部開拓時代からのアメリカの原風景なのだ。僕は本作を見て終末もののロードムービーを連想した。文明が崩壊してめいめいがサバイバル生活を送っている。当然、この世界に公助なんて存在しない。だから人々は自助と共助によって生活している。人間とは基本的に自立した個人であるが、だからと言って一人で生活できるわけではない。その場その場でコミュニティを作って助け合う必要がある。本作では離合集散のゆるやかなネットワークができており、ノマドワーカーの交流には血の通った温もりが感じられる。見ていて悲壮な感じがしなかったのは、しっかりした共助のコミュニティがあるからだった。

彼らが生きていけるものコミュニケーション能力が高いからだろう。初対面でもフレンドリーに接して友好関係を築いていく。そこはアメリカの国民性が功を奏しているのかもしれない。個人を尊重しつつ助け合いの精神を発揮する。困った時はお互い様だと思って積極的に他人を頼る。必要なのは適度な配慮と適度な図々しさ。従って孤独が好きな偏屈者はノマドワーカーに向いていない。そういう人は誰の助けも借りられずに野垂れ死にしてしまう。公助が存在しない世界では、コミュニケーション能力こそが生き延びる鍵なのだ。その点においてアメリカ人は申し分ない。彼らなら終末世界でもたくましく生きていけるだろう。

ところで、日本では一時期IT化の進展でノマドワーカーが持て囃された。しかし、現実は低賃金かつ地位の不安定なフリーランスで、労働力を安価で買い叩かれる奴隷に過ぎなかった。自由な生活と経済の安定は両立しない。派遣労働者ノマドワーカー、フリーター。企業は労働力を可能な限り安く抑える。そういう仕組みを竹中平蔵が作った。日本人はアメリカ人ほど気軽に他人を頼れない。だから規制緩和が進んだ日本では絶望して首を括る人がたくさん出てきた。本作を見て竹中平蔵はけしからんと思った。