海外文学読書録

書評と感想

ケン・ローチ『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016/英=仏=ベルギー)

★★★

ニューカッスル。ベテラン大工のダニエル(デイヴ・ジョーンズ)が心臓を悪くして医者から就労を止められる。ダニエルは失業給付金を申請しに役所に行くも、認定人から就労可能と判定されて給付を却下されてしまうのだった。そんななか、ダニエルはロンドンから引っ越して来たシングルマザーのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)と知り合う。

イギリスのお役所仕事を批判した社会派映画。正直、こちらの予想を超えるような内容ではなかったけれど、それでもイギリスの役所が日本と同じく非人道的なシステムで回っていることが分かって参考になった。おそらくこういうのは万国共通なのだろう。アメリカも、フランスも、ドイツも、スウェーデンも大差ないのではないか。官僚制がもたらすシステムは本当にどうしようもないと思う。

日本ではかつて生活保護の水際作戦が社会問題になっていた。イギリスの場合、給付金については一応審査しているようである。ところが、審査したうえで容赦なく申請を撥ねつけているのだった。ダニエルはドクターストップがかかっているのに給付金の申請が通らない。これはつまり、申請が通らないようにわざと厳しい審査基準を作り、審査したというアリバイを作ったうえで振り落としているのだ。これって水際作戦よりも悪質ではなかろうか。しかも、ドクターストップがかかっている人間に就労を勧めてくるあたり、人間ではなく鬼の所業である。そういった矛盾を役人に伝えても、相手は規則だからの一点張り。ダニエルは就労不可なのに求職活動をせねばならず、期せずして不条理の袋小路に迷い込んでいる。

オールド世代のダニエルにとってPCによる申請も大きなハードルだ。ここも役人がサポートすべきなのに、相手は前例を作ってはまずいと言って放置する。これじゃあ、申請を振り落とすためにわざとハードルを上げているようなものだ。いくら先進国でも誰もがPCを使えるわけではない。日本では菅内閣のとき、「自助・共助・公助」が流行語になったけれど、ここで見られるのは圧倒的な「公助」の欠如である。何でもかんでも民営化した先にあるのがこういう社会なのだろう。小さな政府とは弱者にやさしくないことが見て取れる。

終盤、あまりの理不尽さに業を煮やしたダニエルは、役所の壁にスプレーで落書きをする。道行く人々はそれを見て拍手喝采するのだった。しかし、僕からしたらよくこれで済ませたものだと思う。僕が同じ目に遭わされたら役所に放火していただろう。これで思い出したのが、2018年に金沢市役所で職員4人が刺された事件である。犯人は前年に生活保護を打ち切られ、再び受けられるよう市役所に相談していた人物だった。当時は特に何とも思わなかったけれど、本作を観たら犯人の気持ちが身にしみて分かるようになった。ここまでされたら刺すのも無理はない。

官僚制がもたらすシステムは弱者を容易に踏みにじる。本作を観てそのことを思い知らされた。