海外文学読書録

書評と感想

ビリー・ワイルダー『お熱いのがお好き』(1959/米)

★★★★

禁酒法時代のシカゴ。楽団員のジョー(トニー・カーティス)とジェリー(ジャック・レモン)がギャングの殺人を目撃する。そのせいで追われることになった。2人は女装し、フロリダへ向かう女性楽団に潜り込む。その中にシュガー(マリリン・モンロー)という歌手もいた。ジョーとジェリーはシュガーに惹かれる。

コメディとは人物と状況を利用したパズルであることを理解した。1人の女に2人の男が懸想する。通常だったらどちらかは敗北しなければならない。どうしたって「負けヒロイン」ならぬ「負けヒーロー」が出てくる。それをどうやって解消するのかと思ったら、なかなかぶっ飛んだ手段を用いていた。この時代にあのネタはだいぶ冒険しているが、そこをギャグとして乗り切っているのだからすごい。急転直下のラストには痺れてしまった。広げた風呂敷を一気に折りたたんで大団円に持ち込んでいるわけで、時代の制約の中でよくやったものだと感心する。パズルのピースがピタッとはまっていた。

別々の場所にいる2組のカップルをカットバックで表現したところが面白かった。ジョーとシュガーは船内のベッドでイチャイチャしている。何度もキスをしている。それに対し、ジェリーは不本意ながら金持ちの老人(ジョー・E・ブラウン)と社交場でダンスをしている。この対照の妙がたまらない。ジョーもジェリーも身分を偽装しており、ジョーにいたっては二重に偽装していた。彼は女装と男装を行き来している。本作はこういった複雑な設定が笑いを生むと同時に、物語を構成する知的なパズルになっているのだから驚く。ジョーとシュガーの顛末はどうなるのか。ジェリーはちゃんと報われるのか。この時点で物語の落とし所は想像がつかなかった。

シュガー役のマリリン・モンローは予想以上に演技が上手かった。長生きしてたら普通に演技派でやっていけるレベル。そして、画面の中で際立つ存在感がある。同時代の俳優にはないゴージャスな雰囲気があるというか。思えば、大昔に『太陽の季節』を観たときモブで主演していた石原裕次郎が一際目立っていた。また、2年前に『ラブ&ポップ』を観たときもモブの仲間由紀恵がめちゃくちゃ目立っていた。こういう存在感こそがスターの資質なのだろう。人混みの中で目立つ才能ってどうやって身につくのか分からない。やはり時代の寵児は一味違う。

寝台列車の中での秘密のパーティー。狭い寝室に大勢が体を詰め込んでいるところは迫力があった。また、禁酒法を茶化すような小ネタもちらほらある。ギャングたちのコップにはミルクが注がれているし、ホテルのボーイは「とっておきの酒」を餌にしてナンパしてくる。そもそも主要人物はだいたい酒を飲んでいた。やはりアメリカ人にとって禁酒法は言語道断だったのだろう。こういうのを見ると、イスラム社会で禁酒令が守られていることのすごさを思い知る。

というわけで、レベルの高いコメディだった。