海外文学読書録

書評と感想

クシシュトフ・キェシロフスキ『トリコロール/赤の愛』(1994/仏=ポーランド=スイス)

★★★

モデルのバランティーヌ(イレーネ・ジャコブ)は恋人と遠距離恋愛中、電話で連絡を取り合っていた。近所には法学生のオーギュスト(ジャン=ピエール・ロリ)が住んでいる。ある日、ヴァランティーヌは車で犬を轢いてしまう。それがきっかけで老齢の元判事(ジャン=ルイ・トランティニャン)と知り合うのだった。元判事は他人の通話を盗聴しており……。

タイトルが示唆している通り、小道具を使って画面にそれとなく赤を配置している。なるほど赤は目立つ、というのが率直な感想。ただ、赤の使い方については『叫びとささやき』がベストで、これを超えることはなかった。やはりイングマール・ベルイマンの画作りはすごい。

元判事が他人の通話を盗聴している。盗聴はインターネットに似てると思った。もっと限定すればTwitter。というのも、Twitterでは有象無象が思考や会話を垂れ流しにしている。あらゆる情念や感情が飛び交っている。僕はそれらを非公開リストでこっそり観察している。ほとんど盗聴である。といっても、どれも公開アカウントだから厳密に言えば盗聴ではない。しかし、Twitterで発信する人たちはみんな無防備で他人に見られている感覚が希薄である。特に多弁なユーザーは脇が甘く、余計なことをペラペラ発信しがちだ。僕はそれを見てにんまりしている。ああ、ここに歪んだ人間が存在しているぞ、と。

ある老作家は、自分が評価されてないのを恨んで日本社会に呪詛を撒き散らしている。実に面白い。ある中年男性は、ユーモラスな自己を演出しつつ女っ気のない孤独な人生から目を逸らしている。生きるのって大変だ。あるフェミニストは、反出生主義を拗らせて見ず知らずの子持ちアカウントにうざ絡みしている。楽しそうで何より。あるサブカルは、自己演出のためにアーティストの名前をずらずら並べて何か言った気になっている。君ってセンスあるね。

このようにTwitterは愛すべき人間――実生活では決して報われない社会の深海魚たち――で溢れている。彼らに共通しているのは、自分の滑稽さに気づいてないことだ。いい歳こいた大人だから周囲も指摘しないし、頭が悪いから自分で気づくこともない。みんな公開アカウントで醜悪な自意識を曝け出している。そして、僕は彼らをこっそり観察してニヤニヤしている。困ったことにそれが人生における最高の楽しみなのだ。このような楽しみは文学や映画では決して味わえない。だから元判事が盗聴する気持ちも理解できる。

本作は元判事の回復のストーリーである。元判事は過去の出来事が原因で女性不信になった。自分の殻に閉じこもるようになった。それをバランティーヌとの交流によって治癒していく。巧妙なのは現在の時系列に元判事のシミュラークルを出してくるところだろう。彼の名はオーギュスト。オーギュストもまた元判事と同じような経験をし、最終的には命を救われている。2人を隠喩として重ねているところが良かった。