海外文学読書録

書評と感想

イングマール・ベルイマン『叫びとささやき』(1972/スウェーデン)

叫びとささやき

叫びとささやき

  • ハリエット・アンデション
Amazon

★★★★

死の淵にあるアグネス(ハリエット・アンデルソン)は、召使いのアンナ(カリ・シルバン)に見守られながらベッドに横たわっていた。そこへ姉のカーリン(イングリッド・チューリン)と妹のマリア(リヴ・ウルマン)が見舞いにやってくる。しかし、カーリンは結婚生活に問題を抱えているうえ、マリアのことを嫌っていた……。

『仮面/ペルソナ』で女性性を描き、『魔術師』キリスト教を描いたベルイマンだけど、本作はその両方を取り入れていて、僕の観た中では集大成的な作品のように思えた。現在のところ、プライム・ビデオではこの3本しか観ることができない。どれも面白かったので、もっと観たいと思った。

最初に目についたのが真っ赤に彩られた室内で、壁紙もカーテンも家具も赤で統一されている。さらに、小道具として使われているディケンズの本も、その表紙が赤いのだから笑ってしまう。この赤い色は「神の愛」を象徴しているし、また「罪と血」も象徴しているし、さらには「生と死」も象徴している。まったくもって欲張りな赤だ。本作はほとんどがこの赤い部屋を舞台にしていて、場面の切り替えも、ブラックアウトではなくレッドアウトで行われる念の入れようである。とにかく目につく赤、赤、赤。劇中ではカーリンがグラスの破片で女性器を傷つけて大量出血したり、マリアの夫が腹にナイフを刺して血を流したり、部屋のみならず人物も赤く染まっていて、その徹底した色使いには執念を感じた。

ベルイマンは女性性の描き方が一味違うと思う。アグネスは幼少期から母親と折り合いが悪く、一瞬だけ彼女に近づけた場面を思い出にしている。一方、姉のカーリンは自身の結婚生活に失望しており、「何もかもウソ」「積み重ねたウソ」と現在を否定してヒステリーを起こしている。おまけにカーリンは妹のマリアのことも嫌っていて、彼女から触れられるのを避けていた。さらに、カーリンは病床にあるアグネスのことも愛しておらず、彼女の死を看取ろうとしないでいる。本作には、母と娘、姉と妹の確執がそれぞれ重く横たわっていて、各人の神経症的な振る舞いは見ていて怖気を振るうほどだった。

『魔術師』ではキリストの復活を模した蘇りがトリックによって偽装されていたけれど、本作ではそれが奇跡として行われている。というのも、死んだと思われたアグネスが涙を流しながら蘇り、生者に抱きついてきたのだ。この事例から窺える通り、アグネスはキリストのメタファーとして設定されているのだろう(彼女は敬虔なクリスチャンだ)。そして、彼女に仕えるアンナは聖母マリアである。アンナが諸肌脱ぎになってアグネスを抱きかかえる様子は美しく、まるで宗教画のようだった。

キリストのメタファーであるアグネスが、天上のことではなく地上の思い出――三姉妹が仲良かった頃の思い出――に幸福を見出しているところが皮肉だ。現代人は死後の世界を信じられないからこそ、現世に執着すべきだと言いたげである。そう考えると、前述したアグネスの復活は、この世への未練を表しているのかもしれない。

追記。フランク・M・スノーデン『疫病の世界史』【Amazon】に次のような記述があった。

天然痘の猛威が頂点に達した十八世紀から十九世紀に、医師はこの恐ろしい疫病をどのように治療したのだろうか。一〇世紀ごろからと思われるが、医師は赤い色が天然痘患者の治療に効果があると考えていた(「赤色療法」として知られていた)。病室に赤いカーテンをかけ、赤い家具を置き、患者を赤い毛布で包むことが重要だとされた。医学誌は、赤い光は目の痛みを沈静させ、皮膚の化膿を抑えて瘢痕を減らす働きがあるとして推奨した。(上 p.141)

本作でふんだんに赤い色が使われているのは天然痘と関係があるのだろうか?