★★★
核戦争が勃発。アメリカはソ連の核ミサイルによって不毛の地となった。不思議な力を持ったスワンは、仲間たちと町で農作物を作る。また、魔法のアイテムを持ったシスターは、啓示に導かれるままスワンの元へ。コンピューターおたくのローランドは大佐の側近として軍隊に所属し、非道の限りを尽くす。そんななか、真紅の目の男が彼らに介入し……。
彼は黙想する偶像のように沈黙したままだった。やがて目を閉じたままこういった。「その昔……世界はとしても美しかった。わたしは知っている。わたしはそれを広大なる暗黒の宇宙から眺めたのだ。そして世界は正しかった。その昔、地球がそんなであったか、わたしは知っている。そしていまどんなであるかも。悪は最期の時に消滅するのだよ、いいかね。全世界が天国のタロンによって再び清められるのだ」(下 p.576)
上下巻。
終末もの。『ザ・スタンド』のオマージュらしい。とはいえ、日本での翻訳出版は本作のほうが早いため、その系譜が人口に膾炙するのは少し後になる(本作が1994年、『ザ・スタンド』が2000年)。最近読んだ本だと『疫神記』もこの系譜だった。
『マッドマックス2』のような荒廃した世界を舞台としながらも、作中にはキリスト教の価値観が横溢し、また、最新のテクノロジーも重要な役割を果たしている。言うまでもなくアメリカは世界最大の先進国だ。と同時に巨大な田舎の集合体でもあり、合理的なテクノロジーと非合理的な信仰が悪魔合体した土地である。その特徴は文学や映画によく表れていて、アメリカ人が大掛かりなエンタメを創作すると、だいたいはキリスト教の寓話になる。だから本作にも神や悪魔や救世主が出てくるし、聖杯伝説や大洪水の逸話がギミックとして使われている。グローバリズムとはすなわちアメリカニズムのことだから、日本人が読んでもさほど違和感をおぼえない。むしろ、我々は宗主国アメリカを身近に感じることだろう。アメリカは最新のテクノロジーを備えた巨大な田舎であり、世界はそんな田舎者に支配されている。
アメリカ人はとにかく世界を救いたがる。自分がナンバーワンであることを自覚しているし、度し難い自国中心主義でもある。しかし、そうなるのも無理はない。アメリカは世界を滅ぼす暴力装置を所持しているから、その反動として救世主になりたがるのだ。破滅の裏返しとしての救済。世界を救うのは常に偉大なアメリカ人である。その自意識には辟易するが、同時に羨ましくもある。日本人には世界を救う力がないから。我々にできることと言ったら、身近なヒロインを救うことだけ。ヒロインを救うことで世界も救うセカイ系を夢想している。セカイ系の小ささに比べて、アメリカ人の自意識の何て大きいことか。フィクションを生み出す土台として国力は重要なファクターであり、アメリカが世界最強である限りアメリカ人は世界を救い続ける。
宗教臭さにはさほど違和感をおぼえなかったものの、パトリオティズムの強さは異質に感じた。本作の後半、小さな町に軍隊がやってくる。相手は武器も人数も圧倒的だ。普通だったら逃げるだろう。しかし、住民は逃げない。死ぬことが分かっていながら、愛する土地を守るために戦うことを決意する。逃げたら負け犬という意識はちょっと理解できない。一般人なら命あっての物種と考えないだろうか。この辺、南北戦争以来のパトリオティズムが息づいているように見える。
ところで、スワンは生命を与える能力を持っている。これって『ジョジョ』第5部【Amazon】に出てくるゴールド・エクスペリエンスの元ネタではないか? 第5部の連載は1995年からなのでぴったり符合する。