海外文学読書録

書評と感想

石井輝男『黒線地帯』(1960/日)

★★

トップ屋の町田広二(天知茂)は秘密売春組織を追っていた。ところが、女易者とポン引きにはめられて眠らされてしまう。目が覚めると隣に女の死体が横たわっていた。殺人の濡れ衣を着せられた町田は警察から逃れつつ、犯罪組織を追う。組織は女を使って麻薬を運ばせているようだった。やがて町田は麻耶(三原葉子)という水商売の女と知り合い……。

和製フィルム・ノワールである。モノクロ映画の本作は通常よりも画面の陰影が深くてノワールっぽい雰囲気があった。夜のシーンがだいぶ多いし、昼のシーンも夜に見えるほど暗い。全体としてはB級テイストなのだけど、バーやキャバレーなど当時の風俗を垣間見れたのは収穫だった。唖の売春婦(オシパン)が働いていたり、オカマが自分のことを文化女性と名乗っていたり、夜の世界に疎い者にとってはどれも新鮮である。

軍国趣味のキャバレーが印象深い。屋内には日本国旗と日章旗が交互にぶら下がり、軍服を着たボーイは特攻隊と呼ばれている。そして、女の子は海軍仕様のセーラー服を着ていた。このキャバレーはほんの少ししか出番がなかったけれど、その倒錯した絵面はインパクトが大きかった。現代で言えば、コンカフェみたいなものだろう。日本人の性癖は今も昔も変わらないみたいだ。

夜の世界がメインのせいか、肌の露出が多い女の子がたくさん出てくる。しかし、モノクロなのでありがたみが薄い。ここは無理をしてでもカラーで撮るべきだったのではないか。ただ、そうするとノワールっぽい雰囲気が薄れてしまうので一長一短ではある。ノワールっぽい雰囲気を取るか、セクシーな絵面を取るか。あちらを立てればこちらが立たずという選択肢にやきもきした。

殺人の濡れ衣を着せられた町田は警察に追われつつ犯罪組織を追う。随所に警官が出てきてスリルを煽っているところは面白いのだけど、犯罪組織が何もしてこないのは物足りなかった。そもそもこの組織は脇が甘く、町田を殺人現場に放置してからは彼の動向を追っていないのが引っ掛かる。素人だからすぐに逮捕されるだろう、と高を括っていたのだろうか。組織のボスも一人で女に囲まれているところを襲撃されていて、率直に言って間抜けすぎる。

B級テイストのわりに終盤のアクションは力が入っている。走行する機関車の上での決闘から川に飛び込むシークエンスはそれなりに見応えがあった。特に川に飛び込む瞬間はスタントマンを用意する必要があるわけで、この程度の映画にそこまで手間をかけているのが意外だった。

序盤から中盤にかけて町田のモノローグが挿入されている。試み自体には何らかの可能性が感じられるものの、特に一貫したポリシーもなく、ただの出オチで終わっているのが残念だった。公開当時は「セミドキュメンタリー」という触れ込みだったらしい。モノローグはともかく、ロケ撮りについては陰影の深さも相俟ってそれなりに雰囲気がある。