海外文学読書録

書評と感想

ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q―Pからのメッセージ―』(2009)

★★★

コペンハーゲン警察。特捜部Qの元に海辺で引き上げられた古い瓶が届く。中には手紙が入っていたが、字がかすれていてまともに読めなかった。解読を進めていくと、誘拐された子供が書いたメッセージだと判明する。カール・マーク警部補はしぶしぶ捜査に着手することに。一方、当時子供を誘拐した犯人は現在も犯行を重ねており……。

両親の死後、すでに二十五年がたった。この間、彼は“〝隣人愛”〟という言葉をはき違えて熱心に行動に移している多くの人を襲った。

そんなやつらはみな、地獄に堕ちるがいい。神の名を語れば、他の誰よりも自分が上でいられると思っているやつらはみな地獄へ堕ちろ。

そんなやつらが憎かった。そんなやつらを全員、この世から消し去りたかった。(下 p.74)

『特捜部Q―キジ殺し―』の続編。

このシリーズ、長いわりに読ませるのはプロットに工夫があるからだろう。一般的なミステリみたいに捻りがあるわけではないけれど、警察の視点と犯人の視点を平行して書いているから先が気になる。最初は離れていた両者の距離がだんだんと縮まっていく。その様子がスリリングなのだ。また、犯人は犯人で致命的なミスを犯しており、警察以外の第三者から追跡されることになる。結果的に追跡は頓挫するものの、このプロットが事件解決に大きく寄与していて、迷宮入りを阻止しているのだ。犯人は強かでしぶとく、警察だけでは決して真相にたどり着けなかった。そう考えると、「みんなで追い詰める」という狩りに似た感覚が爽快なのかもしれない。

本作の大きな特徴は犯人の名前が分からないところだ。警察視点は言わずもがな、犯人視点でも一貫して名前を伏せている。犯人は「男」や「彼」、「夫」といった匿名的な表現しかされない。また、冒頭の登場人物一覧にも名前が載ってない。分かっていることと言えば、犯人が妻子持ちであり、盲目の妹がいること。そして、その苛烈な生い立ちである。しかし、それでも犯人の匿名性は揺るがない。犯人はいくつも偽名を使っており、身分証も偽造していた。生い立ちも現在の家庭環境も明かされているのに、名前だけが分からない。本作はそういった匿名性が犯人を特別なサイコパスに押し上げていて不気味だった。

犯人が新興宗教の家庭を狙うところも大きな特徴だ。そこそこ裕福で子沢山な家庭を狙う。そういう家庭はきちんと身代金を払うし、色々な事情から警察に駆け込んだりしない。犯人にとっては実利的な理由がある。一方、その裏には犯人の生い立ちにまつわる真の動機が隠れており、実利的な理由とはかけ離れた後ろ暗い必然性があった。このように生い立ちから導かれる犯人像もまた興味深いものがある。

シリーズものとしては、ローセに奇妙な新事実が持ち上がっていて、今後謎の解明が待ち望まれる。アサドもローセも一筋縄ではいかない人材だった。カールの周辺がいくぶんざわついているところもシリーズの魅力である。