海外文学読書録

書評と感想

ティム・バートン『バットマン』(1989/米)

★★★

ゴッサム・シティ。犯罪組織でボスの右腕をしていたジャック(ジャック・ニコルソン)が、ボスにはめられて現場を急襲され、バットマンマイケル・キートン)との格闘のすえ化学薬品の廃液のなかに転落する。外科手術によって回復したジャックは、ジョーカーとして生まれ変わるのだった。一方、女性カメラマンのヴィッキー(キム・ベイシンガー)は、大富豪のブルース・ウェインマイケル・キートン)と知り合い……。

自警団ヒーローもの。僕はこの手のジャンルに詳しくないので何だけど、ヒーローというのは本来こういうはぐれ者を指すのだろう。国家がなぜ国家として成り立っているのかというと、暴力を独占しているからである。軍隊を保持することで外敵から身を守り、警察を保持することで国内の治安維持にあたる。しかし、ヒーローというのはそこに割り込み、独自の暴力によって国家権力を侵害する。警察に無断で犯罪者を成敗する。要は私刑を行ってるのだ。その背景には、国家が治安維持の役目を果たせていないことがあるわけで、さすが犯罪国家アメリカだと思う。

ただ、これが対岸の火事ならいいのだけど、ネット社会になった現在では、日本でもこういう自警団活動が行われている。どこで行われているかというと匿名掲示板だ。すなわち、個人なり法人なりが不祥事を起こすと、匿名掲示板で名無したちが私刑を行うのである*1。誹謗中傷するだけでなく、個人情報を暴いて相手に不利益をもたらしている。その有り様は醜悪と言うほかない。さらに、カウンターとしてトロール(荒らし)も出現し、私刑しているスレをコピペで荒らして正義の味方を気取っている。このように、私刑VS私刑がサイバースペースで横行しているのだ。ネット社会では誰もが自警団ヒーローになれる。実に嫌な世の中である。

二面性というのが本作の肝かもしれない。バットマンことブルース・ウェインは表向きは青年実業家であり、裏ではコスチュームを着て自警団活動をしている。一方、ライバルのジョーカーは、「俺の笑顔は見かけだけだ」というセリフの通り、心の中には廃液で負傷したトラウマを抱えている。ジョーカーはピエロみたいなメイクをしているけれど、あれは死に化粧と解釈すべきだろう。つまり、彼は一度死んで蘇ったゾンビなのだ。それが「笑い」という極めて人間的な行為に振り切っているから怖いのである。バットマンの仮面とジョーカーの化粧。この対比が面白い。

ヒロインのキム・ベイシンガーが若くてびっくりした。いや、若いといっても36歳だけど。この頃は正統派ブロンド美人だった。

*1:バットマンが仮面を被った匿名の存在であることに留意されたい。リアル社会でもネット社会でも、私刑は常に匿名で行われる。