海外文学読書録

書評と感想

ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q―檻の中の女―』(2007)

★★★

コペンハーゲン警察。カール・マーク警部補は捜査中のミスで一人の部下を失い、一人の部下を寝たきり状態にさせてしまった。署内で厄介者扱いされていたカールは、政治的な理由で開設された特捜部Qに配属される。特捜部Qは未解決事件を扱う部署で、部員はカール一人だった。カールとアシスタントのアサドが5年前に起きた政治家失踪事件を追う。

カールは再び雨雲に目をやった。地下か。そうやってやる気をなくさせるというわけか。俺を追い払う魂胆だ。不愉快な同僚は隔離房に監禁。だが、よく考えてみれば、上階と地下に、いったいどれだけの違いがある? もう、そんなことはどうでもいい。俺は俺で勝手にやってきたが、これからは何もしないという選択肢もある。(pp.31-32)

組織内のはみだし者が独立した部署で活躍するフィクションはたくさんある。しかし、その部署が一人親方というのは珍しいかもしれない。『攻殻機動隊』【Amazon】の公安9課にせよ、『機動警察パトレイバー』【Amazon】の特車二課にせよ、とにかく頭数は確保していた。翻って本作の場合、特捜部Qの部員はカール一人である。その下にアシスタントのアサドが雇用されているものの、彼はあくまで雑用であり身分としては民間人だ。このアサドがなかなかの曲者で、彼はアシスタントの立場から逸脱した越権行為に及んでいる。上司のカールは署内随一の切れ者だけど、このアサドも負けず劣らずだった。本作はホームズ&ワトソンのバディ形式を踏襲しながらも、両者が捜査官として優秀なところが肝だろう。くわえて、カールの元部下で病院で寝たきりのハーディも、安楽椅子探偵の素質を秘めている。組織内のはみだし者が未解決事件に着手し、真相に近づいていく。そのプロセスは警察小説の醍醐味という感じだった。

誘拐された政治家の視点から描いているところも本作の特徴だ。この政治家はなぜ自分が与圧室に監禁されているのか分からない。犯行グループによると、金目当てではないし、政治的な理由でもないようだ。それどころか、ある種の憎しみのようなものが伝わってくる。犯行グループは政治家を苦しめるため、定期的に与圧室の気圧を上げているのだった。しかも、カールが捜査に着手したのが2007年なのに対し、政治家が誘拐されたのは2002年である。無事に救助されるとはとても思えない。このパート、実は『モンテ・クリスト伯』の変奏になっているのだけど、その捻り方は『オールド・ボーイ』を彷彿とさせるものでなかなか意外だった。

カールが左遷された地下室と、政治家が監禁された与圧室はパラレルである。どちらも不本意な形で閉じ込められた。しかし、各々自分が置かれた状況に対して最善を尽くそうとしている。捜査する側と救助を待つ側、どちらも挫けない心を持っているところが本作に希望をもたらしている。