海外文学読書録

書評と感想

ハーマン・メルヴィル『ビリー・バッド』(1924)

★★★

蒸気船が登場する前。商船の水夫ビリー・バッドが英国の戦艦に強制徴用される。ビリーは齢21にして英国艦隊のフォアトップマンになった。ところが、ビリーは先任衛兵長のクラガートに嫌われており、「スープ事件」を機にそれが表面化する。ビリーはクラガートによって艦長に危険人物だと密告されるのだった。艦長に呼び出されたビリーは……。

そう、ビリー・バッドは捨て子であり、おそらくは非嫡出子だったのだ。卑しい血筋では明らかにない。明らかに、高貴な血が純血馬のように流れていたのである。(Kindleの位置No.208-210)

『異邦人』【Amazon】の面影がある不条理文学だった。『白鯨』【Amazon】は後のモダニズムを彷彿とさせる意欲作だったし、「書記バートルビー」カフカ的な状況を書いた好編だったし、メルヴィルって時代を先取りしすぎではなかろうか。存命中に評価されなかったのも納得できる。

本作の大きな特徴はキャラ設定で、ビリーが無垢なハンサムセイラーとして紹介される一方、彼を陥れるクラガートは「生来そなわる堕落」と酷い言われようである。つまり、善悪二元論的な人間観で2人を書き分けているのだ。だから話としてはとてもシンプルである。無垢な人物が悪党によって不条理な状況に置かれる。一応、登場人物のディテールに様々な肉付けはされるものの、基本的にクラガートの行動原理は明かされない。言いしれぬ悪意によってビリーは破滅させられるのである。

艦長室に呼ばれたビリーには弁明する機会があった。ところが、彼は自分を告発したクラガートを衝動的に殴り倒してしまう。運の悪いことにクラガートはそのまま死んでしまうのだった。ビリーのやったことは愚かだけど、しかし突然無実の罪を着せられたのだからカッとなるのも仕方がない。口よりも先に手が出るのは若者らしい反応である。問題はここからで、厳格な法解釈によってビリーに死刑の判決が下されるのだった。現代人の感覚からしたら、反乱も殺人も意図してないのに死刑は行き過ぎである。クラガートが死んだのは事故みたいなものだし、そもそもこの件はクラガートの陰謀なのだから情状酌量の余地があって然るべきだろう。ところが、艦長はそこを頑として譲らない。行動の結果を重視し、その背景には目を向けずに極刑を下している。

法律を巡る不条理は古今東西枚挙にいとまがない。法廷とは究極的に裁判官や陪審員を納得させるゲームでしかなく、だからこそ本作のビリーや『異邦人』のムルソーは敗れていったのだ。彼らは無垢ゆえに自分を裁くものたちを納得させられなかった。人生とはパフォーマンスの連続であり、それができない人間は最悪の場合命を落とす。この世界では無垢な人間は生きていけないのである。

ビリーはキリストのメタファーじゃないかと思ったけれど、解説ではっきり否定されていてしゅんとなった。