海外文学読書録

書評と感想

山田洋次『隠し剣 鬼の爪』(2004/日)

★★★

幕末。海坂藩の平侍・片桐宗蔵(永瀬正敏)が、かつての女中きえ(松たか子)が嫁入り先で虐待されているのを知り、彼女を強引に引き取っていくる。一方、藩は江戸屋敷にいた狭間弥市郎(小澤征悦)を謀反の咎で捕らえ、地元に送還して牢屋に閉じ込めていた。狭間は番をしていた小物を騙して脱走、片桐に上意討ちの命が下される。片桐と狭間は同門で、実力は伯仲していた。

原作は藤沢周平の短編「隠し剣鬼ノ爪」【Amazon】と「雪明かり」【Amazon】。

途中までは『たそがれ清兵衛』と似たような筋書きだったけれど、決闘の後に意外な展開があって後味が違っていた。まさか勧善懲悪の物語に仕立てつつ、身分の違いの恋を成就してハッピーエンドになるとは。個人的には『たそがれ清兵衛』の無常なラストのほうが好みである。けれども、本作は武家社会の終焉をポジティブに捉えていて、これはこれでありだなと思った。

侍の時代が終わりであることは、江戸から来た砲術師範代がはっきり示している。彼はエゲレス式の砲術を藩士に教え、「これからは値段の高い武器を持ったほうが勝つ」と断言している。彼の服装や言葉遣いはもはや現代人のものだ。一方、侍に強い未練を残している者もいて、ある老人は「飛び道具はいかん。侍の道に反する」と繰り言を述べている。刀での斬り合いこそが侍の道なのだという。しかし、よくよく考えると、この言い分はおかしい。というのも、江戸時代に生きるほとんどの侍は実戦経験がないのだから。つまり、ずっと平和だったから命のやりとりをしたことがないのだ。これって現代にたとえると、戦後生まれのイキリキッズが戦争をしたがるようなもので、一種の平和ボケなのだろう。戦争を知らない子供たち。彼らはぬるま湯に浸かっているがゆえに、戦争という観念を弄んでいる。

当然のことながら、上意討ちを命じられた片桐も命のやり取りをしたことがない。今回の狭間討伐が初めてである。対人戦といえば、せいぜい竹刀での模擬戦くらいだ。侍とは普段二本差していてもこんなものなのかと呆れる反面、狭間のほうは江戸で辻斬りをして殺しの経験を積んでいる。この部分、平和な時代でも抜け道みたいな手段で実戦ができるのかと感心した。

片桐が家老相手に鬼の爪を披露するシーンは鮮やかだった。これぞ必殺仕事人という感じがする。また、銃撃で狭間の腕が吹っ飛んだシーンはあまりに唐突で唖然とした。「これからは値段の高い武器を持ったほうが勝つ」という序盤のセリフを見事に回収している。もう斬り合いの時代ではないのだろう。武家社会って何だか窮屈そうなので、明治維新によって終焉したのは良かったと思う。