海外文学読書録

書評と感想

ジャン・ルノワール『ゲームの規則』(1939/仏)

★★★★★

飛行士のアンドレ(ローラン・トゥータン)は、ラ・シェネイ侯爵(マルセル・ダリオ)の妻クリスチーヌ(ノラ・グレゴール)のことを愛していた。一方、侯爵は妻のことを愛しつつも、愛人ジュヌビエーブ(ミラ・パレリー)と関係を続けている。クリスチーヌの相談相手オクターブ(ジャン・ルノワール)は、侯爵の領地で行われる狩猟にアンドレを招待するよう彼女に働きかける。狩猟の最中、侯爵は密猟人のマルソー(ジュリアン・カレット)を召使いとして雇用し……。

名作らしいから半ば義務的に観たけれど、これがまたすごい傑作でびっくりした。個人的には、オールタイム・ベスト30には入りそう。今まで観てなかった自分を責めたくなった。

本作をひとことで言えば、貴族の退廃した生活を風刺した喜劇だ。とにかく登場人物がやたらと騒がしいところが特徴的で、その狂騒の隙間を愛のドラマが縫っていくような構成になっている。作品を覆う底なしのどんちゃん騒ぎは意図的にやっているのだろう。冒頭のアンドレに対するインタビューからして既に騒がしくて、そのトーンは舞台が屋敷に移ってからも変わらない。人が集まってガヤガヤして、その裏で男女のドラマを進行させる。このやり方はインパクトが大きかった。

本作でもっとも印象に残っているのが、人々が交錯する廊下を手前から一望したシーン。ひとつの画面のなかで色々な人が色々な動きをしていて、視覚的に目の覚めるような刺激を受けた。古い映画のわりには型破りな感じがして、これを見れただけでも元が取れたと思う。こんなに印象的な廊下は、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』【Amazon】以来だった。やはり映画は映像で魅せてナンボだろう。これは映画好きじゃなくても一見の価値がある。

ところで、鹿島茂『悪党が行く』【Amazon】によると、フランス社会では20世紀中頃まで、未婚の女性を恋愛の対象にしてはいけなかった。そのため、男たちは人妻や未亡人と恋愛していたという。この辺の真偽は不勉強なのでよく分からないけれど、少なくとも本作にはその作法が反映されている。というのも、アンドレが恋をしているクリスチーヌは人妻だし、また、マルソーが恋をしているリゼットも人妻である。しかも、本作はそれゆえに取り返しのつかない結末を迎えているのだ。ルールを守った挙げ句にこの仕打ちとは随分と皮肉な話だと思った。

なお、このどんちゃん騒ぎのあと、現実ではまもなくフランスがナチス・ドイツに占領されることになる。しかし、本作が作られた時点ではそんなこと思いもよらなかっただろう。領地で狩猟をし、屋敷でパーティーを開く。その生活の虚しさといったらもう……。見ていて複雑な気分になった。