海外文学読書録

書評と感想

ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン『ノーカントリー』(2007/米)

ノーカントリー (字幕版)

ノーカントリー (字幕版)

  • トミー・リー・ジョーンズ
Amazon

★★★★

1980年。メキシコとの国境沿い。荒野で狩猟をしていたルウェイン(ジョシュ・ブローリン)が、車と死体が散乱する現場を発見する。そこでは麻薬取引が行われていたようだった。現金の入ったトランクを見つけたルウェインは、それを自宅に持ち帰る。しかし、そのためにシガー(ハビエル・バルデム)という殺し屋に追われるのだった。

原作はコーマック・マッカーシー『血と暴力の国』【Amazon】。

20世紀後半が舞台でも西部劇は成立するようだ。考えてみれば、アメリカは国土が広すぎて隅々まで治安を維持できない。保安官を当てにすることができない。自分の身は自分で守る必要がある。リベラルは銃社会を批判するが、広大なアメリカでは銃を持ってないと危険だと感じる。たとえるなら、アメリカ人は猛獣がうろうろしているサファリパークに住んでいる。本作を見て、自分がアメリカ人じゃなくて良かったと安堵した。僕だったら真っ先に殺されている。

本作のいいところは追う者も追われる者もとにかく傷を負うところだ。例によって派手にドンパチやらかすが、彼らはちゃんと銃弾を食らって血を流す。傷口は見るからに生々しく、ダメージを受けているのがきちんと伝わってくる。そして、双方ともしっかり傷の手当てをしているところが好ましい。銃撃戦をやっておいてただで済むわけないので、そういうプロセスを見せるのは重要である。撃たれたら傷を負う。昔の牧歌的な西部劇よりもリアリティがあるし、犯罪映画としても説得力がある。

『ランボー』【Amazon】が代表的だが、ベトナム帰還兵は半端ねえと思った。武器の扱いに慣れていることは言わずもがな、殺し屋に追われても平然と対処している。端的に言ってサバイバル術に長けているのだ。彼だったらアフリカのサバンナに放置しても生き延びることができるだろう。国境付近は文明の果ての果てであり、そこで暮らすには心身ともに戦場で過ごすような準備が必要になる。食うか食われるか。殺すか殺されるか。人間としてのレベルがあまりに高すぎて、保安官の出る幕がなかった。そりゃトミー・リー・ジョーンズ演じる老保安官も引退する。とてもじゃないが手に負えない。

鳴り物入りで登場したカーソン・ウェルズ(ウディ・ハレルソン)が、あっけなく殺されたのには苦笑するしかなかった。生存の厳しさを肌で感じるエピソードである。あと、もし僕が竹やぶで現金の入ったトランクを拾ったら、発信機が仕込まれてないか中身を確認しようと思った。下手したら殺し屋に追われてしまうから。どこかに5000兆円入ったトランクが落ちてないものか。いや、5000兆円もの現金なんてトランクに入らないけど。ともあれ、大金を手に入れるのは難しい。