海外文学読書録

書評と感想

ジャック・ターナー『過去を逃れて』(1947/米)

★★★★

ガソリンスタンドを経営するジェフ(ロバート・ミッチャム)は、恋人のアン(ヴァージニア・ヒューストン)と平穏に暮らしていた。そんな彼の元に、ウィット(カーク・ダグラス)の部下がやってくる。かつてジェフは私立探偵をしており、ウィットの依頼でキャシー(ジェーン・グリア)という女の捜索をしていた。キャシーはウィットを銃撃した挙げ句、4万ドルを持ち逃げしたという。その仕事はジェフとキャシーの逐電で果たされなかったが、ウィットは何事もなかったかのように新たな仕事を依頼してくる。

やはりフィルム・ノワールは面白い。本作はプロットがやや入り組んでいるものの、それでも『マルタの鷹』【Amazon】や『三つ数えろ』【Amazon】よりは分かりやすい(この2作は原作も入り組んでいた)。私立探偵、ギャング、ファム・ファタール。お決まりの要素が複雑に絡んでいて、この時代の映画は良かったなあとしみじみ思う。

本作には2人のヒロインが登場する。1人はジェフの恋人アン。彼女は娑婆での安らかな生活を象徴しており、その交際は未来へと繋がっている。もう1人はファム・ファタールのキャシー。彼女は裏社会の危険な生活を象徴しており、その存在は過去へと通じている。アンとキャシー、どちらと付き合ったら幸せになれるかは一目瞭然だ。ほとんどの男性はアンを選ぶだろう。しかし、ジェフは運命の歯車が狂い、キャシーを選択することになる。そして、そのせいで破滅への道を突き進むことになる。

作中である人物が、「女は誰もが神秘だ。男をダメにする」と言ってたけれど、ファム・ファタールってまさにこれを体現していると思う。男にとって女は理解不能な存在であり、それゆえに言い知れぬ恐怖を孕んでいる。美しい外見のなかに巨大なブラックボックスを抱えているのだ。男からすると、女は人として信用していいのか分からない。ファム・ファタールはそういった神秘を形象化したものだろう。ひとことで言えば、男にとっての圧倒的他者。そして、タチが悪いことに男はスリルを求めるから、そういう得体の知れない女に惹かれてしまう。まさに因業である。

本作の面白いところは、悪党がみんな破滅するところだろう。ウィットとその関係者はだいたい殺されてるし、ジェフとキャシーも非業の死を遂げている。こうなった原因はすべてキャシーにあるわけで、彼女はファム・ファタールどころか、もはや災厄の域に達している。女ってこえーなー。これだからフィルム・ノワールは面白い。