海外文学読書録

書評と感想

ジャン=ピエール・メルヴィル『サムライ』(1967/仏=伊)

★★★

殺し屋のジェフ・コステロアラン・ドロン)が、恋人のジャーヌ(ナタリー・ドロン)にアリバイの口裏合わせを頼んで仕事に出る。彼はナイトクラブに堂々と乗り込み、支配人室にいた標的を射殺するのだった。ところが、部屋から出たところをピアニスト(カティ・ロジェ)に目撃されてしまう。ジェフは警察から第一容疑者としてマークされるのだった。

宍戸錠主演のハードボイルド映画みたいだった。アラン・ドロンの格好良さを前面に出した内容で、殺し屋にまつわる細かい整合性は無視している(正直、ツッコミどころが多い)。画面は暗い色調が多く、ほとんどが夜の場面だ。カラー映像であることを除けば、よくあるフィルム・ノワールと言っていいだろう。寡黙な殺し屋をクールに撮っていた。

ジェフは用意周到のわりには脇が甘く、盛り場を通り抜けて殺しを遂行するのは理解に苦しむ。普通はターゲットを尾行して人気のない場所で始末するのではなかろうか。案の定、ジェフは複数の人たちに目撃され、警察には第一容疑者としてマークされることになる。運のいいことに、ピアニストがしらを切ってくれたおかげで逮捕だけは免れていた。これだけでもプロの殺し屋としては失格だろう。奇妙なのはジェフに表の稼業がないところだ。公的に何をして食っているのか不明なのである。マフィアですら官憲の目を眩ますために表の稼業を持っているのに、プロの殺し屋がこれでは怪しまれてしまう。今までよく逮捕されなかったものだと感心した。

現代において完全犯罪が難しいのは、あちこちに防犯カメラが設置してあるからだ。たとえ殺しに成功しても、映像の分析によって犯人は高確率で逮捕されてしまう。ところが、昔は監視カメラなんてなかったから牧歌的だった。指紋と硝煙反応にさえ気をつければ、目撃者が多少いても何とかなってしまう。現代よりも殺しの難易度が低いところがポイントで、ジェフみたいな一匹狼の殺し屋がいても不思議はないと思える。

とはいえ、本音を言えばもう少し考えて仕事をしてほしかった。あのコートは目立つから犯行後に処分しておくべきだったし、前述の通り、殺害現場も目撃されるリスクが高くてよろしくない。そう考えると、道を歩いているターゲットをバンに押し込んで連れ去る暴力団は合理的で、殺しとは本来散文的なものなのだろう。一匹狼の殺し屋なんてあり得ない。本作を観て理想と現実のギャップを痛感したのだった。

ジェフの住まいの台所がやけに汚いところもポイントで、あれによって彼の孤独を印象づけている。こういうところはカラー映画ならではだ。