海外文学読書録

書評と感想

アニエス・ヴァルダ『幸福』(1965/仏)

幸福~しあわせ~ (字幕版)

幸福~しあわせ~ (字幕版)

  • ジャン=クロード・ドルオー
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★★★★

夫のフランソワ(ジャン=クロード・ドルオー)と妻のテレーズ(クレール・ドルオー)は、2人の子供に恵まれ幸せな日々を送っていた。ところが、フランソワが郵便局で働く独身女エミリー(マリー=フランス・ボワイエ)に惚れてしまう。間もなく2人は肉体関係を結ぶのだった。フランソワによると、彼はテレーズのこともエミリーのことも両方愛しているのだという。このまま幸せな関係が続くと思いきや……。

これはすごかった。ひとことで言えばポリアモリーの精神を描いているのだが、グロテスクな状況を幸福な映画として明るく撮っているところが恐ろしかった。しかも、アイロニーとかサタイアとか、そういうのを一切感じさせない撮り方。ある人物が抱いている幸福をありのまま映しているからこそすごみが出ている。これにはシャッポを脱ぐしかなかった。

フランソワとテレーズは2人の子供がいるものの倦怠期ではない。むしろ、新婚のようにラブラブである。しかし、それでもフランソワはエミリーと浮気をするのだった。彼は浮気相手とイチャイチャしながら「幸せだよ」と囁く。そして、たまたま妻と先に出会ったから結婚しただけであり、エミリーと先に出会っていたらそちらと結婚していたとのたまう。フランソワにとって結婚とは制度的なものにすぎず、独占的な愛情を担保するものではなかった。面白いのはフランソワがテレーズとエミリーを同じくらい愛しているところで、彼にとって2人は植物と動物くらい違うから新鮮な気持ちで愛せるのだという。テレーズと一緒にいるときはテレーズを愛し、エミリーと会っているときはエミリーを愛す。そりゃ欲望の赴くまま生きてそれが罰せられなければ幸せなはずで、こいつはとんでもない奴だと恐ろしくなる。

そして、この恐ろしさが頂点に達するのが終盤なのだ。ある事件が起きてフランソワの環境が激変する。一転して不幸になるのかと思いきや、何食わぬ顔で日常を取り戻している。その姿はとても幸せそうだった。

結局のところ、フランソワにとって他者とは交換可能なモノでしかなく、だからこそポリアモリーという離れ業ができたのだろう。モノアモリーの社会では愛とは独占的なものだが、フランソワはそんなちゃちな制度に縛られない。そのフリーダムな精神ゆえに幸福を勝ち取っている。

冒頭、自然の中でイチャつくフランソワとエミリーは、アダムとイヴのメタファーなのだろう。ここではエデンの園の幸福が描かれている。しかし、それが終盤になってしれっと変奏されるところが不気味で、本作を恐ろしい作品に仕立てている。ポリアモリーは我々にとって異文化だからこそグロテスクに映る。