海外文学読書録

書評と感想

エリック・ロメール『飛行士の妻』(1980/仏)

飛行士の妻

飛行士の妻

  • フィリップ・マルロー
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★★★★★

大学生のフランソワ(フィリップ・マルロー)は東駅の郵便局で夜間のアルバイトをしていた。フランソワには年上の彼女アンヌ(マリー・リヴィエール)がいる。ところが、フランソワはアンヌがパイロットのクリスチャン(マチュー・カリエール)と密会しているところを目撃するのだった。フランソワはすぐさまクリスチャンを尾行する。そしてその途中、女学生のリュシー(アンヌ=マリー・ムーリ)と出会い、一緒に探偵じみたことをする。

会話劇と探偵劇、両者のバランスが素晴らしかった。会話劇は日常であり、生活に溶け込んだ静的な行為である。一方、探偵劇は非日常であり、生活から浮いた動的な行為である。本作は日常と非日常の混じり合い、静と動の配合が絶妙で、ヌーヴェルヴァーグ恐るべしと感じ入った。さらに、雑に撮っているようでその実計算され尽くした構図も目を引く。80年代にこういう映画が製作されていたとは意外だった。

月並みな言い方だけど、愛の力は偉大でしばしば人を動かす燃料になる。フランソワを探偵行為に駆り立てているのはアンヌへの愛からだ。アンヌを愛しているからこそ恋敵が気になり、真実を探りたいと願うのである。人間は愛のためならどんなに不合理なことでもする。また、どんなに滑稽なことだってする。愛は人間から世間体という衣服を脱がせ、丸裸の欲望をさらけ出させるのだ。人間を揺さぶる動力としての愛。この世界に愛を扱った映画が多いのも、それが物語を前進させるのに便利なうえ、人間の本質を容赦なく暴き出すからだろう。そう考えると、恋愛映画もそうそう馬鹿にできたものでもないと思う。

本作は年下の彼氏と年上の彼女、その付き合いの面倒さが繊細に描かれている。女にとって年下の男は性格が幼くて難儀する。男の無思慮な言動にイライラすることが多い。おそらくアンヌにとっては年上のクリスチャンのほうが性に合うはずで、クリスチャンが妻帯者でなければそちらとよりを戻していたはずだ。序盤のアンナはそれくらいフランソワにうんざりしている。しかし、面白いのはそのまま関係が悪化するわけでもないところだ。終盤でフランソワがアンヌの部屋に押しかけ、2人は口喧嘩をする。このままま関係が破綻するのかと思いきや、紆余曲折を経て最後には和解する。本作はその様子を長回しの会話劇で捉えているのだからすごい。山の天気のように移ろう女心を精緻に描写していて圧巻だった。

フランソワの尾行の顛末も特筆すべきだろう。カフェで張り込みをするフランソワ。しかし、相手が向かいの建物から出た後タクシーに乗り込んだことであっけなく追跡を断念するのだから笑える。所詮は付け焼き刃の素人仕事だと言いたげなシーンだ。愛とは時に人を道化に仕立てるのだから面白い。