海外文学読書録

書評と感想

アンリ・コルピ『かくも長き不在』(1961/仏=伊)

★★★★

パリ郊外でうらぶれたカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)が、店の前を通る浮浪者(ジョルジュ・ウィルソン)に目を止める。彼は16年前、第二次世界大戦中に行方不明になった夫にそっくりだった。その浮浪者は記憶喪失になっており、現在はセーヌ河岸のバラックに住んでいる。テレーズは浮浪者の記憶を呼び戻そうとするが……。

マルグリット・デュラスとジェラール・ジャルロが脚本を務めていて、同名の本【Amazon】も出版されている。

モノクロ映画の完成形といった感じだった。映像の構図がほとんど完璧に近くてびっくりする。窓の隙間から人の顔を覗き見るショットとか、鏡に男女の顔を映してそのまま会話するシーンとか。言葉にするとあざといけれど、これがまた実に決まっている。さらに、パリの町並みやうらぶれたカフェといった舞台設定もいい。浮浪者がセーヌ河岸で朝の準備をしているその後ろを、船がブーっと通り過ぎていくカットなんて最高ではないか。まあ、冷静に考えるとここも狙いすぎだけど、しかし映像の連なりとして見ると美しいのだから困ったものだ。どちらかというと、感性によって作っているというよりは、計算によって作っているような印象がある。自然美ではなく人工美。だから、人によってはそこに違和感をおぼえるかもしれない。

画面の左側でテレーズが2人の男女と会話し、右側で浮浪者が孤独に雑誌の切り抜きをしている。ここの長回しは迫力があった。テレーズは浮浪者に会話を聞かせることで、彼に自身の過去を思い出させようとしている。一方、浮浪者はそんな思惑などどこ吹く風といった具合に作業に没頭している。両者の断絶を一つのフレームに収めているところが圧巻だった。

本作を観ていると、物語の最良の状態は宙吊り状態ではないかと思える。白黒決着がつくまでの、あるいは物語に終止符が打たれるまでの中途の段階。本作の場合だと、テレーズが浮浪者の記憶を呼び起こそうとあれこれ手を尽くす、その過程こそが見どころだろう。テレーズと浮浪者は深く関わることで新たに親密な関係を築く。過去を取り戻そうとする行為が、結果的には心地いい現在を作っていて、テレーズの働きかけも無駄ではなかったと思わせる。特に2人が並んで椅子に座って歌曲を聴くシーン、さらに体をくっつけてダンスするシーンなんか最高にエモい。浮浪者は相変わらず記憶喪失のままだけど、未来に向けて着実に物事が前進している。本作はこういった宙吊り状態がとても良かった。

ラストで浮浪者が交通事故に遭うところがいかにもフランス映画で、宙吊り状態を継続させたまま終わらせるのだからびっくりする。これがハリウッド映画だったら無事に記憶を取り戻す甘いエンディングになったはずで、そこはさすがフランス映画だった。