海外文学読書録

書評と感想

庵野秀明『式日』(2000/日)

★★★

山口県宇部市。カントク(岩井俊二)が線路に横たわっている奇妙な女(藤谷文子)と知り合う。2人は女が住み着いてる廃墟ビルで同棲するのだった。女は「明日は私の誕生日なの」と毎日のように言い、朝になるとビルの屋上で身を投げるような体の儀式をする。カントクが虚構から逃げ出したいのに対し、女は虚構に逃げ込みたかった。

原作は藤谷文子「逃避夢」【Amazon】。

NHKにようこそ!』【Amazon】を寺山修司風に撮影した映画。メンヘラ女との邂逅を前衛的な映像で表現している。庵野秀明寺山修司の影響を受けていることは仄聞していたけれど、本作を観てそれがはっきり理解できた。自己言及的なモノローグや奇抜なヴィジュアルの数々などが似ている。個人的には男性のナイト願望がきつくてあまり印象はよくないものの、美術がぶっ飛んでいてすこぶる刺激的だった。

女は典型的なメンヘラで、生と死の狭間にいるような存在として描かれている。特に地下の浴槽で丸くなっているところが象徴的だ。その様子は胎児であると同時に死体のようでもある。これは彼女が持つ生と死の両義性をもっともよく捉えたショットだろう。メンヘラの彼女は、自分がこの世から消える儀式をする反面、嫌な対象には消えてほしいと願っており、「いなくなれ」と唱えればみんな消えるものだと思っていた。妄想の世界に逃げ込むことで、嫌なことから目を逸らしている。これなんかはよくあるメンヘラムーヴだろう。メンヘラはとにかく世界に消えてもらいたがっている。自分が世界から消えればいいのに、ちっぽけな生にしがみついて他者を蔑ろにしている。メンヘラはこの世からおさらばしたいと本気で思っているが、同時に死ぬのが怖くて生きたがっているのだ。生と死のアンビバレンス。それを体現したのがメンヘラである。

女が「明日は何の日か分かる?」と訊き、カントクが「君の誕生日だろ」と応える。毎日のように繰り返されるこのやりとりは、2人の共犯関係を確認するためのものだ。カントクはメンヘラ女の妄想に付き合っているのである。これでも当初はまだ節度のある関係だった。ところが、あることがきっかけで女がカントクに依存するようになる。その際、女はセックスでカントクを繋ぎ止めようとするのだった。元々女はセックスが嫌いで、理由はそれをするとただの男と女になるからだという。しかし、そういう信念を曲げてまでセックスを差し出してくるのだから、病根は深いと言えるだろう。メンヘラの業の深さが窺える。

カントクが女のナイトになることで女が救われる。この筋書き、個人的には男の願望充足が過ぎてドン引きしてしまう。そりゃ男だったら女に依存されたいし、病んだ女を救ってハッピーにしてやりたいだろう。自分の好意が拒絶されずに受け入れられ、かつそのことが女に変わるきっかけを与える。そして、最終的に男は善行を為した満足感を得る(場合によっては女の体もゲットする)。まったく酷い茶番ではないか。こういうロマンティックなメンヘラ映画はなかなかきついものがある。