海外文学読書録

書評と感想

フリッツ・ラング『飾窓の女』(1944/米)

飾窓の女(字幕版)

飾窓の女(字幕版)

  • E・G・ロビンソン
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★★★

犯罪心理学の准教授リチャード・ウォンリー(エドワード・G・ロビンソン)が、飾り窓に陳列されている女の肖像画を見る。すると、すぐ側に絵のモデルをしたアリス・リード(ジョーン・ベネット)が立っていた。ウォンリーは誘われるがままリードのアパートに行く。2人で飲んでいると、突然フランク(アーサー・ロフト)という大男が乱入してきた。ウォンリーは正当防衛でフランクを殺害する。やがてリードの元にハイト(ダン・デュリエ)というゆすり屋がやってきて……。

よくできたサスペンスだった。でも、最後のオチはいかがなものかと思う。悪夢のような状況を実際に悪夢として提示する。これって直球すぎるのではないか。とはいえ、一般男性が体重90kgの人間をあんな風に運搬することは不可能なので、そこは整合性が取れている。そもそもあのオチならもっとぶっ飛んだ内容でも良かったわけで、やはり取ってつけた感は否めない。カタギの人間がつまらない冒険心を起こすとどうなるのか。物語の枠組みに用いられた悪夢が、可能世界としての悪夢に留まっているところに物足りなさをおぼえた。

とはいえ、サスペンスとしては一級品である。特にウォンリーが現場に証拠を残しまくったうえ、犯人にしか分からない事実をポロポロ喋っているところが素晴らしい。ウォンリーは死体を捨てる際、有刺鉄線で腕を切って現場に繊維と血液を残した。また、現場に特徴的な足跡とタイヤの跡まで残した。そのうえ、料金所では職員に強い印象を与えているし、信号待ちのときは白バイに姿を目撃されている。警察ならウォンリーまで容易にたどり着くだろう。致命的なミスが積み重なったうえで捜査が進行しているわけで、蛇の生殺し的な宙吊り状態が最高にスリリングである。

さらにサスペンスを加速させているのがゆすり屋ハイトの存在だ。彼はリードが事件に一枚噛んでいることを知っている。金を出さなければ通報するぞ、と脅しにきている。ウォンリーとリードがハイトを排除しようとするのは当然の理屈であるが、しかし、殺しが次の殺しを誘発しているのでこれでは泥沼である。おまけにハイトは用心深くてこちらの思うようにいかなかった。警察とゆすり屋によって、2人は崖っぷちまで追い詰められている。

ウォンリーにとってリードはファム・ファタールであると同時に幻の女でもある。リードがウォンリーを裏切らず、2人が一蓮托生の関係になるところが面白い。リードは悪夢の中に差し込んだ一筋の希望であり、ウォンリーにとっては理想の女である。そして、それゆえに彼女は飾窓にしかいない幻の女なのだった。理想の女が幻の女となって消えてゆく。このラストはどこか風情がある。