海外文学読書録

書評と感想

ジョエル・サーノウ『ナッシング・バッド』(2014/米)

★★★★★

バツイチの中年アル(クリストファー・メローニ)は、相棒のアッシュ(ディーン・ノリス)と中古車販売店を経営していた。アルには前妻バーバラ(ブリジット・モイナハン)との間にフレディ(デヴォン・ボスティック)という息子がおり、フレディはバーバラと彼女の夫チックの家に住んでいる。ある日、高校を卒業したフレディは、大学に進学せずアルの中古車販売店で働きたいと言い出した。

日本では劇場未公開だけど、これがまた思わぬ拾い物だった。子を持つ親だったらかなり刺さるのではなかろうか。

本作は離婚率の高いアメリカならではの話という気がする。『クレイマー、クレイマー』【Amazon】で示された通り、アメリカでは子供の親権は母親のほうに行きがちだ。本作でも息子のフレディは母親バーバラとその再婚相手の元で暮らしている。バーバラの再婚相手は投資家で、アルと比べたら遥かに裕福だ。フレディはおそらく経済的に困ってない。大学にも進学させてもらえている。高校を卒業してこのまま順風満帆の人生を歩むのかと思いきや、すべてを捨ててアルの中古車販売店で働きたいと言い出した。しかも、フレディはアルのことを尊敬していて、彼の家に住み込みで働きたいという。これってアルからしたらすごく嬉しいし、父親冥利に尽きるだろう。だって、自分の人生が離れて暮らしていた息子から肯定されているのだから。金持ちの安定した生活よりも、不安定な自分のほうを選んでくれた。こんなに幸せなことはない。

アルにとって複雑なのは、息子がセールスマンの世界にすっかり染まってしまったところだ。口の利き方は下品になり、従業員への態度も悪くなり、若くしてすれた人間になってしまった。まともな親だったら、息子のこういう姿を見るのは辛かろう。何だかんだ言ってセールスマンは三流の世界だから*1。息子にはもっと上の道を歩んでもらいたい。自分の仕事を肯定してくれるのは嬉しいけれど、だからと言って今のまま堕落してもらいたくない。セールスマンはその日暮らしで、アルも相棒もそのせいで家族を失った。本作はこのように複雑な親心を自然な流れで描いている。

とはいえ、母親バーバラの人物像にはちょっと違和感があって、息子のために貧乏だったアルと別れて金持ちのチックとくっつくわ、一夜限りの関係を結びにアルの元に下着姿でやってくるわ、人として軸がぶれている。夫が貧乏だから離婚します。次は金持ちと結婚します。すべては息子の幸せのためです。これって倫理的に許されるのだろうか? バーバラは良くも悪くも現実的で、本作のなかでは軽く憎まれ役になっている。『クレイマー、クレイマー』のメリル・ストリープみたいなポジションになっている。その結果、本作はホモソーシャルの関係が強調されている。

それにしても、この映画がIMDbで6.0なのは納得いかない。前述の通り複雑な親心を巧みに描いているし、セールスマンの胡散臭い世界を軽妙なタッチで見せている。退屈な場面も一切ない。個人的には隠れた名作だと思う。子を持つ親は是非とも観るべきだ。

*1:日本には「職業に貴賎なし」という建前があるけれど、アメリカでは勝ち組・負け組がおおっぴらにされている。文化の違いが窺える。