海外文学読書録

書評と感想

小津安二郎『お茶漬の味』(1952/日)

お茶漬の味

お茶漬の味

  • 佐分利信
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★★★★

大企業の部長・佐竹茂吉(佐分利信)にはお見合いで結婚した妻・妙子(木暮実千代)がいる。妙子は金持ちの子女で育ちが良く、茂吉を放っておいて友達と遊び歩いていた。妙子は茂吉に不満を募らせている。ある日、些細なトラブルから妙子が茂吉を避けるようになるのだった。

115分(1時間55分)というそこそこ長い尺だが、テンポが良くてあっという間に終わった。こういう体感時間の短い映画もなかなか珍しい。晩年の小津映画は人間模様をワイドスクリーンで捉えるようになるが、この頃はまだ焦点を絞っているような感じである。色々な脇役が出てくるものの、すべては茂吉と妙子の夫婦関係に寄り添っている。どちらかというと、僕はこういう作劇のほうが好みだ。

お見合いによる結婚と自由恋愛による結婚はだいぶ勝手が違いそうだ。お見合いによる結婚は家と家との結婚であるうえ、半ば強制的である。だから恋愛感情がなくても結婚してしまう。一方、自由恋愛による結婚は恋愛感情が結婚の決め手になる。だからお見合いよりも2人の意向が尊重される。妙子が茂吉に不満を募らせているのはお見合いによって結婚したからだろう。恋愛感情で結びついてないから他人という意識が強い。当然一緒にいてラブラブというわけでもなく、側にいないほうが気楽なのである。離婚するほど配偶者が嫌いなわけではない。しかし、現状にうっすらと不満を抱えている。妙子の姪・節子(津島恵子)はそのことを見透かしていて、お見合いという制度には懐疑的だ。戦後民主主義の時代においては封建的に過ぎるし、夫婦が愛情で結びつかないのはマイナス要因である。ところが、周囲の大人たちは言う。愛情は後から湧いてくる、と。昔の日本人はそうやって騙し騙し夫婦生活を営んできた。彼らは絶え間なき妥協の果てに愛情が萌え出ると信じている。この辺、昔の日本人の思想が透けて見えて興味深い。

茂吉がかなり心の広い人物で、妙子のわがままを一切咎めないのだから驚く。この夫婦は一般的な夫婦とはやや異なっていて、要は茂吉の上昇婚なのである。地方出身の庶民が上流階級の娘を娶った。そういう特殊な関係なのだ。だから夫婦の力関係は妻のほうが上である。茂吉が妙子に対して大きく出られないのは生来の性格もあるが、より大きな要素としてこの上昇婚が挙げられるだろう。現在、SNSの男女論界隈では女性が下方婚しないことが問題になっている。女性が格下の男性と結婚しないことが男性差別に繋がっていると一部の論者は主張している。しかし、実際に女性が下方婚すると茂吉と妙子のような夫婦になってしまう。この関係が世の男性に受け入れられるとは到底思えない。「理解のある旦那さん」でいるのも才能なわけで、お互いが満足する理想的な結婚はなかなか難しいようである。

佐竹家はとても裕福で自宅に電話と冷蔵庫がある。女中も雇っている。特に目を引いたのが電話をかけるシーンで、電話交換手を介さず通話していたのには驚いた。当時、大都市の市内電話は自動接続だったらしい。意外と技術が進展していて感心した。