海外文学読書録

書評と感想

エリック・ロメール『美しき結婚』(1982/仏)

美しき結婚

美しき結婚

  • ベアトリス・ロマン
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★★★★

大学院で美術史を学んでいるサビーヌ(ベアトリス・ロマン)は、ル・マンの古美術商で使い走りの仕事をしていた。そんな彼女が愛人だった画家のシモン(フェオドール・アトキーヌ)と別れ、婚活を始めることになる。サビーヌは親友のクラリスアリエル・ドンバール)から弁護士のエドモン(アンドレ・デュソリエ)を紹介してもらい、彼に猛烈にアプローチするのだった。

婚活クソ女の生態を活写していて面白かった。玉の輿に乗ろうというサビーヌの結婚観は明らかに間違っているのだけど、映画はそれを断罪せず温かく見守っている。へんてこな人間が、へんてこな価値観を元に、へんてこな行動をする。本作は差し詰め人間観察映画といった趣である。

婚活女の何が間違っているのかというと、結婚が目的になっていることだ。相手を愛しているから結婚するのではない。専業主婦になって自由を得たいから結婚するのである。案の定、親友からは「結婚が目的で結婚するわけではない」と窘められているし、元カレからは「稼がないと相手に依存することになる」と痛いところを突かれている。ところが、周りが何を言ってもサビーヌの考えは覆らない。その後も愛を置いてきぼりにしてひたすらターゲットにアプローチしている。サビーヌがエドモンに狙いをつけているのは、彼が高収入の弁護士だからだ。決して人間性に惚れているわけではない。エドモンは35歳と高齢だからチャンスは十分にある。若い自分なら性的魅力で落とせるだろう。そういう不純な思惑で彼に近づいている。この徹底した愛の欠如はまるでサイコパスで、婚活女とはつまり究極の利己主義者なのだろう。愛がなければ相手を思いやることもない。だから欲望の赴くまま突っ走る。現代でも婚活は盛んだけれども、こんな昔から婚活女の闇に焦点を当てていたとは驚きである。

自由というのが本作のキーワードになっている。サビーヌにとっての自由は結婚することで得られる自由だ。エドモンと結婚すれば働かなくていい。そのうえ、エドモンが忙しければ自分は自由になれる。一方、エドモンにとっての自由は結婚によって失われる自由だ。女から解放されて好きな仕事に打ち込みたい。サビーヌとは恋人関係ではなく友人関係でいたい。当然のことながらこんな両者がくっつくはずもなく、結局は話し合いの末に別れることになる。2人のすれ違いはそのままジェンダーのすれ違いと言っていいだろう。自分の利益だけ求めると婚活は上手くいかない。婚活には利益を越えた何か、すなわち愛が必要なのである。

婚活が失敗したサビーヌは、結婚には一目惚れが重要だと悟る。婚活クソ女が苦い経験を経て自分の間違いに気づいたのだ。この成長ぶりには思わず感動してしまった。