海外文学読書録

書評と感想

リチャード・アッテンボロー『遠い夜明け』(1987/英=米)

遠い夜明け (字幕版)

遠い夜明け (字幕版)

  • ケヴィン・クライン
Amazon

★★★

1970年代の南アフリカ。当地ではアパルトヘイトによって黒人が不当に弾圧されている。そんななか、新聞社の白人編集長ドナルド・ウッズ(ケヴィン・クライン)が、黒人運動家のスティーヴ・ビコ(デンゼル・ワシントン)を白人差別の扇動者だと批判する。リベラル派のウッズは女性医師に促されてビコと会うことに。ビコに感化されたウッズは彼の協力者になる。

原作はドナルド・ウッズ『Biko』【Amazon】、『Asking for Trouble』【Amazon】。

事実に基づいた映画ということらしい。予備知識なしで見たので途中の急展開には驚いた。当時リアルタイムで見ていた観客も同じ思いを味わったのではないか(原作を読んでから見に行くとは思えないし)。南アフリカは思った以上にやばい国家で、リアリズムとはこういうことなのか、と思い知らされた。

やはりアパルトヘイトはとんでもない。植民地主義の負の遺産を見せつけられているようで、こんな制度が90年代まで存在していたことにドン引きする。日本人も名誉白人という不名誉な称号を南アフリカ政府から賜っていたのだからまったくの無関係ではない。むしろ、国際世論に逆らって貿易を続けたのだから間接的な加害者と言える。ともあれ、後からこの地にやってきた白人が地元の黒人を虐げる制度は醜悪で、まるで現代のパレスチナ問題のようである。村上春樹はエルサレム賞のスピーチでこう述べた。「高くて頑丈な壁と、それにぶつかって割れる卵の側では、私は常に卵の側に立つ」と。イスラエルにおいて卵はパレスチナ人であり、南アフリカにおいて卵は黒人である。少なくとも第二次大戦後の世界はそういう倫理の上で成り立っている。アパルトヘイトという高くて頑丈な壁は即刻破壊しなければならない。

かつてソクラテスは「悪法も法なり」と言って死刑を受け入れたが、本当に悪法に従う必要があるのだろうか。この世には普遍的な正義というのがぼんやり存在しているわけで、悪法という確信があるなら従わないのが良心的とさえ言える。法制度が間違っているなら正さなければならない。しかし、既にその間違った法制度が正規の手順で正せない状態になっていたらどうだろう。中国や北朝鮮、あるいはロシアのように。そういう国の法に従うのは「悪」に従うのと同義で犯罪的であるが、かといって逆らったら自由を奪われてしまうのだからどうにもならない。力なき国民は間違った法に強制的に従わされる。国家が恐ろしいのはこういうところで、やはり国ガチャは重要だと痛感する。

「ペンは剣よりも強し」という格言は実際のところ説得力があって、言論によって世論に働きかけることは重要だ。活字を通じて人々の正義感に訴える。あるいは現代だったらYouTubeの動画で広く拡散させる。20世紀は映画がその役割を担っていた。当時本作を見た人は誰もがアパルトヘイトに憤慨したに違いない。こういうのは一種のプロパガンダであるが、世の中には普遍的な正義というのがぼんやりと存在している。その事実は相対主義に毒された我々でも認めるしかないだろう。正義の反対はまた別の正義、という言葉はあまりに冷笑的すぎる。世の中は白黒つかないことが多いが、稀に白黒つくこともある。90年代にアパルトヘイトが廃止されたのは喜ばしいことだ。

本作で一番すごかったのはエンディングだ。淡々と文字を並べているだけなのだが、ここに事実の重みがある。物語よりも雄弁に不条理を物語っている。人類の歴史とはこのような散文的な記録にしか存在しないのかもしれない。