海外文学読書録

書評と感想

小津安二郎『秋刀魚の味』(1962/日)

★★★★

会社重役の平山周平(笠智衆)には婚期を迎えた娘・路子(岩下志麻)がいる。周平は妻に先立たれたため、娘を便利に使っていた。周平は恩師の佐久間(東野英治郎)を交えて同窓会をし、その帰りに佐久間が中年の娘(杉村春子)を独身にしたまま手元に置いているのを目撃する。周平は路子に結婚を勧めるのだった。

小津安二郎の遺作である。

物語はいつもの結婚話だが、話を拙速に進めず、群像劇風に周辺人物を掘り下げている。おかげでゆったりした雰囲気になっていた。むしろ、結婚話は刺身のツマではないかと思える。おそらく結婚話を言い訳にして親子二世代をワイドスクリーンで捉えたかったのではないか。明治生まれと昭和生まれでは価値観が違うし、生き様も違う。本作は60年代にしては古臭い内容だが、それは明治生まれの視点で昭和中期を捉えているからだろう。当時はまだ恋愛結婚より見合い結婚のほうが多かった。しかし、3年後には逆転してしまう。言ってみれば結婚制度の過渡期だ。果たして小津が長生きしていたら恋愛結婚が当たり前の映画も撮ったのだろうか(『彼岸花』は最終的に恋愛結婚をするが、見合い話は出てくる)。現代のように自由恋愛が主流の時代だとこの作風はきつそうである。長生きすると価値観をアップデートしないといけないから大変だ。

恩師の佐久間が惨めな人物として描かれているのが気になった。40年前は旧制中学で周平たちのことを教えていた。ところが、現在は娘と2人で小さなラーメン屋を営んでいる。どうやら経済的に芳しくないらしい。そのせいか教え子たちに対して卑屈になっている。現在では教え子たちのほうが社会的地位が高かった。こういう再会はお互い悲しくなるからやはり同窓会には行かないほうがいいと警戒してしまう。恩師にはいつまでも威厳を保っていてもらいたい。老いぼれて惨めになった姿は見たくない。本作はユーモアとペーソスの同居した映画だが、佐久間のエピソードはペーソスに溢れている。

周平と旧友たちのやりとりはユーモラスで微笑ましい。河合(中村伸郎)は路子の上司でもあるからしきりに縁談をもちかけてくるし、堀江(北竜二)は若い後妻(環三千世)を得たことから何かとからかわれている。面白いのは堀江をネタにしたからかいが後になって周平に返ってくるところだ。見合い話は流れていたのか、と思わせておいて実は流れていなかったのである。こういうifルートを覗かせる展開はなかなか人を食っている。僕も見ていてすっかり騙された。

周平には長男・幸一(佐田啓二)がいる。幸一には秋子(岡田茉莉子)という配偶者がおり、2人で団地に住んでいる。この夫婦が新世代の夫婦といった感じで微笑ましい。秋子のほうが活発で、幸一は彼女の尻に敷かれているのだ。特にゴルフクラブを巡るやりとりが面白い。これが親の世代だったら幸一も家父長的な鷹揚さで秋子を包み込んだはずだが、若い世代にそんな余裕はない。戦後から20年近く経って女性の力は確実に強くなっている。夫婦の新しい形を示していて素晴らしかった。

周平が戦時中の部下(加東大介)と偶然再会する。そこでもし日本が戦争に勝っていたらという話をするのだが、勝っていたら民主主義の時代は訪れなかったので負けて良かったと思う。天皇を神と崇める国家なんてぞっとする。また、敗戦のおかげで経済大国にもなれたが、この辺は米ソ冷戦に上手く助けられた。日本はとても運がいい。