海外文学読書録

書評と感想

大島渚『日本の夜と霧』(1960/日)

日本の夜と霧

★★★

新聞記者の野沢晴明(渡辺文雄)と女子学生の原田玲子(桑野みゆき)が結婚式を挙げている。2人は60年安保闘争で知り合った。現場は祝福モードだったが、そこに元同志の太田(津川雅彦)が乱入してくる。太田は北見(味岡享)の失踪について話し、その場にいる人たちを糾弾するのだった。また、破防法世代の宅見(速水一郎)も乱入、スパイ扱いされて自殺した高尾(左近允宏)について物語る。

この時代から左翼運動が行き詰まっていたことが分かって興味深い。武装闘争か平和闘争かの対立があり、どちらの手段を取っても体制の打倒はできないことが示唆されている。ある人物は前衛が頑張れば大衆はついてくると主張するが、現実はそうならなかった。大衆はついてこなかった。結果的には学生たちの観念と行動が先走っただけのお祭り騒ぎである。振り返ってみれば、1955年の六全協によって共産党が暴力革命路線を放棄したが、これが終わりの始まりだったのだろう。ある者は賛成し、ある者は反対し、現場は大混乱である。結局、六全協をきっかけにして新左翼が生まれてしまった。10年後に左翼運動は終焉を迎えるが、この時点でもう先の展望が見えていなくて敗北が決定づけられている。

日本は曲がりなりにも民主主義の国なので、体制を転覆させたいと思ったら選挙で勝つしかない。というのも、健全な国家において民意が適切に反映されるのが選挙だから。デモに参加するのは一部の急進的な不満分子だけだし、それが立法に及ぼす影響は皆無だ。その点、選挙による政権交代は合法である。与党になれば誰もケチをつけることができない。選挙に勝ちたいならまず魅力的な政策を提示し、日常では善行を積み上げて党の評判を上げていく。少なくとも共産党はその方向に舵を切った。民主主義社会に適応したある意味現実的な路線だと言える。当時は行き過ぎた保守のカウンターとして付け入る隙があったのだろう。昔の日本は共産党という脅威があったから変な方向に進まなかったのではないか。ところが、今は共産党の力が衰えて革命の心配もない。と同時に、中道左派も力を失って右寄りの勢力が強くなった。頑張れば憲法改正も行けるのではないかという見通しである。力のある野党がいなくなったせいで左右のバランスが崩れた。率直に言ってあまりいい状況ではない。

学生たちがディスカッションに明け暮れるのはけっこうなことだが、それが行き過ぎて吊し上げや糾弾会に発展してしまうのは良くない。彼らの用語ではこれを総括と呼ぶようだ。最近では『怪物』を撮った映画監督・是枝裕和が朝日新聞で総括されてしまった*1。左翼の駄目なところは理論的な「正しさ」に拘るところで、正しければ何をしてもいいと思っている節がある。しかし、彼らの「正しさ」はいったい何によって決まっているのか。彼らの理論は本当に正しいのか。結局、ディスカッションで言い負かしたほうが正しいみたいになっていて、左翼の唱える「正しさ」も甚だ心許ない。左翼が衰退した理由は観念的すぎて人々の情緒を汲み取らなかったところだ。「正しさ」に溢れた社会ほど息苦しいものはないわけで、そのことを予見できなかったのがインテリの限界だと言える。