海外文学読書録

書評と感想

シャンタル・アケルマン『一晩中』(1982/ベルギー=仏=オランダ=カナダ)

一晩中

一晩中

  • オーロール・クレマン
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★★★

ブリュッセル。暑い夜の中、様々な人たちの出会いと別れを描く。男女のカップル、同性のカップル、独り身の男性など。

夜間の撮影がなかなかすごくて当時の技術でよく撮れたものだと感心した。屋内・屋外ともに暗いのだが、ちゃんと視認できているどころか綺麗に撮れている。撮影監督のカロリーヌ・シャンプティエはその後ゴダールの映画にも参加しているので、キャリアの初期から腕が認められていたのだろう(デビューは1981年の『北の橋』)。夜中からパッと明け方に切り替わるところもインパクトが強く、朝の景色が魅力的に撮られていた。ヨーロッパは町並みがお洒落だから得をしている。道路が汚いのもそれはそれで味だ。

印象に残っているシーン。男がアパートの階段を大きな音を立てながら上って部屋のドアをガンガン叩くシーン。近所迷惑にならないのだろうか。無言の怒りが見て取れてちょっと怖かった。明け方に男女が抱き合って延々と回転するシーン。女(オーロール・クレマン)が色々と男に語りかけている。その言葉は断片的だ。ここは長回しで撮られていて劇伴もムード満点である。2人の蜜月が電話で中断されたのが残念だった。もっと見ていたかったと思わせる。おじさんがタイプライターを叩いているシーン。おそらく作家だろうが、こういう仕事は夜にやると捗るものだ。今だったら傍らにエナジードリンクを置いておくだろう。世の中には日中の喧騒を避ける仕事というものがある。明け方にスーツケースを持った女が帰宅するシーン。ネグリジェに着替えてベッドに入ろうとしたら目覚ましが鳴った。仕方なく部屋から出ていく。生活とはそういうものだと納得する。

夜というのは昼よりも高揚感に包まれるもので、僕も学生時代はよく夜更かしをしたものである。序盤でカップルが色々な活動をするのもその高揚感ゆえだろう。昼はせかせかしていてよくない。その点、夜は人も少なくて開放的だ。おまけに昼よりも静かである。世界が自分たちのものだと錯覚する時間、それが夜なのだ。だから高揚感に包まれている。そういう時間を切り取って様々な人物にフォーカスしていくのはすこぶる刺激的だ。終わらない夜はない。でも、なるべくなら終わってほしくない。みんな昼に働いているからカップルのドラマは夜に作られる。そして、ヨーロッパ人は何かあるとすぐ抱き合うから分かりやすい。日本人がそういうことをしたら嘘臭いが、ヨーロッパ人ならリアリティーがある。絵になるコミュニケーションを日常的にしている文化は強いのだった。

本作で徹底していたのは時刻を曖昧にしていたところだ。時計を映さないから今が何時なのか分からない。漠然と夜だったり明け方だったりが外の明るさで示されている。最初は活動的だった人たちがベッドルームで静かに過ごす人たちに取って代わる。そういう行動の推移によって時間の経過が示されているため、突然明け方になったのにはびっくりした。世界が一変したような驚きがある。