海外文学読書録

書評と感想

鈴木清順『関東無宿』(1963/日)

★★★★

伊豆組のやくざ・勝田(小林旭)は古風な侠客だった。組長の娘・トキ子(松原智恵子)はそんな彼を慕っている。ある日、トキ子の友人・花子(中原早苗)が、吉田組のやくざ・ダイヤモンドの冬(平田大三郎)に見初められた。ところが、花子は伊豆組のやくざ・鉄(野呂圭介)によって飲み屋に売り飛ばされてしまう。勝田は花子を捜索することに。

原作は平林たい子地底の歌』【Amazon】。

『野獣の青春』以降の鈴木清順は、奇抜な演出以前に美術と撮影がいい。画面が端正で映画の土台がしっかりしているような印象である。そういう端正な画面で奇抜な演出をするから映えるのだろう。思えば、『悪太郎』を見たとき構図の上手さに感銘を受けたが、この監督は画面作りに秀でた監督という気がする。プログラムピクチャーだとストーリーは大同小異だから、そこで個性を出すには画面で差をつけるしかない。鈴木清順が頭一つ飛び抜けているのはそういうところなのだ。映画は映像さえ良ければ大抵のことは許せる。娯楽映画は観客のニーズを様々な方法で満たすわけで、このジャンルもなかなか奥が深い。

鈴木清順の演出はだいたいが色彩によるものなので、カラーフィルムの恩恵が大きい。むしろ、カラーが主流になったことで開花した。モノクロとカラーの端境期を生きたからこそ、カラーで何かしようという発想に至ったのだろう。たとえば、照明の工夫。ホラー映画みたいな照明にしたり、和室をナイトクラブみたいにしたり。あるいはインパクトのある色の挿入。勝田が映っているシーンで色のついた筋を差し込んだり、窓の外がなぜか黄色かったり。極めつけは刃傷沙汰に及ぶシーンで、障子が倒れて赤が現れるところは最高だった。本作は色彩を様々に用いてリアリズムを超えた劇的空間を作っている。インパクトがすごくて目の保養になった。

勝田は戦前からタイムスリップしてきたようなアナクロな侠客である。短髪に太眉、着流し姿で賭博を嗜んでいる。彼はやくざの伝統を重んじていた。彼自身は揉め事を起こすタイプではないが、仲間の調整役や尻拭いをすることになる。しかし、そのことで最終的には破滅するのだった。組長(殿山泰司)が殺されたのですべては無駄になったが、それでも本人は渡世の意地を張ったとか仁義をまっとうしたとか言って納得している。一方、ダイヤモンドの冬も勝田と同じく破滅したが、こちらは予後が悪い。惚れた女のために尽力したのに、当の女からは捨てられている。結局のところ、やくざはどんなに威張っていても上部構造には勝てないのだ。所属する組からは捨て駒にされるし、人を殺したら警察に逮捕されて長期間服役することになる。この界隈で一番強いのが警察、二番目に強いのが組だ。肩で風を切るやくざも上部構造には敵わない。だったらまっとうに生きたほうがよっぽどいいわけだが、やくざはそこまで頭が回らないようである。

本作における諸悪の根源は鉄である。こいつが花子を売り飛ばしたから物事が拗れた。不思議なのは鉄が組長から処罰を受けていないところだ。そもそも花子はトキ子――組長の娘――の友達である。いわば身内を売り飛ばしたようなもので、鉄がお咎めなしなのは筋が通らない。やくざ世界の倫理がいまいち理解できなかった。