海外文学読書録

書評と感想

中平康『猟人日記』(1964/日)

★★★

エリート会社員の本田一郎(仲谷昇)には妻・種子(戸川昌子)がいたが、こっそり安アパートを借りてナンパに勤しんでいた。彼はナンパ相手の女性を獲物と呼び、その逢瀬を「猟人日記」に赤裸々に綴っている。ある日、獲物の一人が何者かに殺された。それを皮切りに一郎は追い詰められていく。

原作は戸川昌子の同名小説【Amazon】。

アガサ・クリスティ原作の某映画みたいなトリックが使われている。犯人はすぐに見当がついたものの、このトリックには騙された。改めて見直すと誤認させるための構成に舌を巻く。予めあの人物を出したうえで、ああいう扮装をさせて同一人物のように錯覚させるのか、と。ただ、こういうトリックを仕掛けてもなお直感的に犯人が分かってしまう。なぜなら物語の構造上そいつしか犯人になり得ないから。やはりレッドヘリングは複数用意したほうが望ましい。そこはミステリとして瑕瑾があった。

とはいえ、本作においてミステリはあくまで形式でしかなく、中核には愛欲の問題がある。夫婦間でセックスレスになったら一郎みたいになるのも分からないでもない。そして、セックスレスになった原因がなかなかの見もので、奇形児を映像として見せるところに興奮した。奇形児は『イレイザーヘッド』に匹敵するくらい造形として凝っている(ちゃんと動いている!)。『イレイザーヘッド』の公開が1977年だから、本作は13年も先んじていたわけだ。この点はもっと評価されてもいい。本作は前半のスリラー要素と後半のミステリ要素、この二つをホラー要素で貫いている。江戸川乱歩を彷彿とさせる怪奇趣味がいいアクセントになっていた。

時代を感じるのが血液の扱いだった。当時は遺伝子検査がなかったから、血液型が犯罪捜査の決め手になる。一郎の血液型はAB型Rh(-)。ご存じの通り、二千人に一人しかいないレアな血液型だ。そういう人物に濡れ衣を着せるには、同じAB型Rh(-)の血液を用意する必要がある。そのやり方は伏せるとして、ここで面白かったのが血液銀行の存在だった。どうやら当時は献血ではなく売血によって血液を集めていたようである。何となく仄聞していたが、こうまではっきりと物語に出てくるとやはり驚く。よりによって売血だなんて。そして、もう一つ驚いたことがある。通常だとザーメンからでも血液型が分かるのだが、非分泌型だとO型として検出されるのだという。この場合、たとえAB型Rh(-)でもO型になってしまう。だから現場に残すザーメンの採取は難しいのだ。犯行の捏造もなかなかどうして面倒臭い。ともあれ、生活の役に立たない余計な豆知識を仕入れてしまった。

一郎は女をナンパする際、外国人のフリをしてナンパしている。どうやら外国人と日本人の混血児という設定のようだ。ご丁寧にカタコトの日本語で話しかけている。しかし、顔はどこからどう見ても純正の日本人である。平たい顔族である。こんなんで騙される女がいるとは信じ難い。ただ、日本の女が外国人の男に滅法弱いというのはリアリティがある。これは今も昔も変わらないようだ。思えば90年代、日本の女はイエローキャブと呼ばれていた。僕もこれからナンパするときは外国人のフリをしようと思う。

丸山明宏時代の美輪明宏が劇中でシャンソンを歌っていた。当時29歳。とても端正な顔立ちをしている。やはり古い映画は文化資料として貴重だ。