海外文学読書録

書評と感想

デヴィッド・リンチ『イレイザーヘッド』(1977/米)

★★★★

フィラデルフィアの工場地帯。印刷工のヘンリー(ジャック・ナンス)が、恋人メアリー(シャーロット・スチュアート)からの伝言を受ける。メアリーによると、彼女の両親がヘンリーを食事に招待したいという。早速訪問したヘンリーは、食事の席でメアリーの出産を告げられるのだった。ヘンリーはメアリーの両親から娘との結婚を迫られる。メアリーが産んだ赤ん坊はグロテスクな容貌をしており……。

いやー、これはすごい。幻想的な映像と不穏な雰囲気が充満していて見応えがあった。物語としては育児ノイローゼからの子殺しを骨子としているのだけど、それを表現する手段がぶっ飛んでいて何とも言えない映画に仕上がっている。

序盤の日常的なシークエンスからして既に重苦しい緊張感が漂っているのがいい。工場地帯のごちゃごちゃした風景、そして、環境音なのか現代音楽なのか判別がつかない奇妙なBGM。何かが起きそうな予感はぷんぷんするものの、何が起きるのかは予想もつかない。そういうサスペンスフルな宙吊り状態が画面を支配していて、これはただものではないと身構えさせる。

メアリーの家で出されたチキンが明らかにチキンじゃないのには笑った。ナイフで切ったら変な体液を流して四肢を動かしている。メアリーの父親がヘンリーにこれを切らせようとするなんて頭おかしい。また、メアリーの母親が「娘と肉体関係があったの?」とヘンリーに詰め寄りつつ、その勢いで首筋にキスをするのも狂っている。メアリーの両親は常人とは異なる行動原理を持っていて、その有り様はもはやホラーだ。まるでヘンリーの感じるプレッシャーをリアリズムとは別の位相で映し出したかのようである。

ホラー的な要素を一気に加速させたのがその後に出てくる赤ん坊だ。これがまたエイリアンかと思うほどの異形で、明らかに人間の子供ではない。異界からもたらされた何かである。思うに、『ベルセルク』【Amazon】でキャスカが産んだ子供は本作が元ネタなのだろう。赤ん坊については、ヘンリーがその肉体に巻かれた包帯を切って中身を晒すシーンがハイライトで、低予算なのによくこんな小道具を作ったものだと感心する。どうやって動かしているのか謎だった。

終盤ではヘンリーの首がもげて代わりに赤ん坊(エイリアン)の首が生えてくる。このシーンから察するに、あの赤ん坊は本当にヘンリーの子供だったのだろう。一連のぶっ飛んだ映像は、育児ノイローゼが生んだ幻影と言えなくもない。いずれにせよ、赤ん坊はヘンリーの似姿だったゆえに、ヘンリーはその存在を抹消せざるを得なかった。本作は子殺しという異常事態を軸にしたからこそ、暗く幻想的な表現手法がはまっている。